大分地方裁判所 昭和59年(行ウ)1号 判決 1993年1月19日
原告
鷲高大乗
外一〇〇二名
右原告ら訴訟代理人弁護士
立木豊地
右同
雪入益見
右同
岡村正淳
右同
佐伯仁
右同
市川俊司
右同
森川金寿
右同
佐伯静治
右同
戸田謙
右同
芦田浩志
右同
重松蕃
右同
尾山宏
右同
新井章
右同
高橋清一
右同
柳沼八郎
右同
北野昭式
右同
藤本正
右同
深田和之
右同
谷川宮太郎
被告
大分県教育委員会
右代表者委員長
岸野晋一
被告訴訟代理人弁護士
俵正市
右同
苅野年彦
右同
草野功一
被告指定代理人
坂本陽一郎
右同
諫山秋利
右同
堤精爾
右同
一宮公人
右同
姫野謙二
主文
一 被告が、昭和五九年一月一七日付で別表(一)記載の各原告らに対してなした同表「処分の種類」欄記載の各懲戒処分及び別表(二)記載の各原告らに対してなした戒告の各懲戒処分をいずれも取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの各請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは、昭和五八年一〇月当時、別表(一)、(二)の「当時の勤務校」欄記載の大分県下の各市町村立小学校、中学校、盲聾養護学校または大分県立学校にそれぞれ勤務する教職員たる地方公務員である。
2 被告は、いずれも昭和五九年一月一七日付で、別表(一)記載の原告らに対しては同表「処分の種類」欄記載の各懲戒処分をし、別表(二)記載の原告らに対してはいずれも戒告の懲戒処分(以下合わせて「本件各懲戒処分」という。)をした。
3 原告らは、本件各懲戒処分につき、処分のあったことを知った日から六〇日以内である昭和五九年二月一六日、大分県人事委員会に対してそれぞれ審査請求をしたが、同人事委員会は、審査請求の日から三か月を経過しても裁決をしない。
4 本件各懲戒処分は、いずれも正当な理由なくしてなされた違法な処分である。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の事実は認める。
2 同3の事実のうち、原告らが本件各懲戒処分について期間内に人事委員会に対して審査請求をし、現に系属中であることは認める。
3 同4の主張は争う。
三 抗弁
1 原告らの争議行為
(一) 大分県教職員組合(以下、「県教組」という。)は、大分県内の市町村単位の教職員組合及び障害児学校教職員組合をもって組織する連合体であり、大分県高等学校教職員組合(以下「高教組」という。)は、大分県下の一三地区の単位組合である高等学校教職員組合と、県立学校事務職員組合及び県立学校現業職員組合をもって組織する連合体である。県教組及び高教組はともに日本教職員組合(以下、「日教組」という。)に加盟し、日教組は、日本公務員労働組合共闘会議(以下、「公務員共闘」という。)に加盟している。
(二) 県教組は、昭和五八年七月二、三日に開催された第九一回定期大会において、同年度の人事院勧告の取扱いに関する閣議決定の重要段階に公務員共闘が配置する早朝二時間の統一ストライキに参加することを決定し、同年七月一一日から同月一六日にかけてスト権確立の批准投票を行い、批准が成立した。
高教組は、同年七月九、一〇日に開催された第七一回定期大会において、同年度の人事院勧告の取扱いに関する閣議決定の重要段階に公務員共闘が配置する早朝二時間の統一ストライキに参加することを決定し、同年七月一五日(定時制では一四日)にスト権確立のための批准投票を行い、批准が成立した。
(三) 県教組と高教組は、昭和五八年一〇月六日、所属の各支部に対し、公務員共闘の統一ストライキとして、人事院勧告の完全実施の要求を掲げて、勤務時間内に最高二時間(高等学校定時制の場合は一時間)の争議行為を行うよう指令を出し、両教組の各支部は、同月七日、右指令に基づいて、勤務時間内に最高二時間(高等学校定時制の場合は一時間)の争議行為(以下、「本件ストライキ」という。)を行った。
2 原告らの各行為と懲戒処分の理由
(一) 別表(二)記載の原告らについて
右原告らは、本件ストライキの当時、同表「当時の勤務校」欄記載の学校に勤務し、「当時の職名」欄記載の職にあったものである。右原告らの上司である各所属学校長もしくは教頭は、本件ストライキに先立ち、右原告らに対し、争議行為を行ったものには厳正な措置をもって臨む旨伝達するとともに、本件ストライキは違法であるから、これに参加せず、当日は平常どおり勤務するようにとの職務命令書を交付して、職務命令を発した。
しかるに、右原告らは、右職務命令に違反して本件ストライキに参加し、別表(二)「職務放棄時間」欄記載のとおり、勤務時間中に職場を離脱して、職務を放棄した。
右原告らの行為は、争議行為を禁止した地方公務員法(以下「地公法」という。)三七条一項に違反し、また、同法三五条(職務に専念する義務)、三二条(職務上の命令に従う義務)に違反するもので、同法二九条一項一号ないし三号に該当する。
(二) 別表(一)「番号」欄一番ないし三番、七番ないし一一番記載の原告らについて
県教組本部執行委員会の権限は、大会及び中央委員会の決定事項を執行すること、大会及び中央委員会に提出する議案を作成すること、緊急事項を処理すること等である。
右原告らは、別表(一)「組合役職名」欄記載の県教組の役員の地位にあり、県教組本部執行委員会の構成員として、本件ストライキにかかるスト方針につき、共謀のうえ議案を作成し、定期大会の開催、同大会への出席、同大会における当該議案の提出をするなどして、本件ストライキ実行に関する議案の成立と決議に向けて行動し、県教組は、昭和五八年四月五日に開催された本件ストライキにかかるスト方針に関する日教組全国戦術会議の決定を受けて、同月二八日に開催された県教組中央委員会において本件ストライキにかかるスト方針を決定し、前記第九一回定期大会において、右原告らの右企画のもとに本件ストライキの実施方針を決定した。
そして、右原告らは、右定期大会の決定を受けて行われた前記批准投票に際し、批准成立に向けて県教組各支部に対し、又、各支部を通じて各組合員へ指示・働きかけを行い、公務員共闘、日教組の戦術に合わせて本件ストライキ突入を決定し、各支部へのストライキ指令を発し、各組合員に対し、本件ストライキへの参加を慫慂する等の行為をし、本件ストライキに関し指導的な役割を果たした。
右原告らの行為は、地公法三七条一項後段で禁止されている争議行為等の違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、もしくはあおった行為に該当し、同法二九条一項一号及び三号に該当する。
(三) 別表(一)「番号」欄一二番ないし二三番記載の原告らについて
県教組支部の書記長の職務権限は、正副委員長を補佐して事務を処理することであり、支部大会(総会)、支部委員会に提出する議案を作成すること等である。
右原告らは、別表(一)「組合役職名」欄記載の県教組各支部の書記長(支部役員は書記長のみが専従役員である。)であり、本件ストライキにかかるスト方針につき、他の支部役員らと共謀して議案を作成し、支部定期大会の開催、同大会への出席、同大会における当該議案の提出をするなどして、本件ストライキ実行に関する議案の成立と決議に向けて行動した。
県教組は、昭和五八年四月五日の本件ストライキにかかるスト方針に関する日教組全国戦術会議の決定を受けて、同月二八日に開催された県教組中央委員会において本件ストライキにかかるスト方針を決定した。一方、県教組各支部は、同年五月下旬頃から六月中旬頃にかけて、右原告らの企画指導の下に各支部定期大会を開催して本件ストライキにかかるスト方針を決定した。
右原告らは、右各支部定期大会及び本部定期大会における本件ストライキの実行の決定を受けて、各支部における前記批准投票に際し、批准成立に向けて各組合員へ指示・働きかけを行い、本件ストライキへの参加を慫慂する等の行為をし、本件ストライキに関し指導的な役割を果たした。
右原告らの行為は、地公法三七条一項後段で禁止されている争議行為等の違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、もしくはあおった行為に該当し、同法二九条一項一号及び三号に該当する。
(四) 別表(一)「番号」欄四番ないし六番及び別表(二)「番号」欄二四番ないし二七番記載の原告らについて
高教組執行委員会の権限は、大会及び中央委員会の決議事項を執行すること、緊急事項の処理に関する事項等である。
別表(一)「番号」欄四番ないし六番記載の原告らは、同表「組合役職名」欄記載の高教組の役員の地位にあり、高教組執行委員会の構成員として、また別表(二)「番号」欄二四番ないし二七番記載の原告らは高教組の執行委員の地位にあり、高教組執行委員会の構成員として、共謀のうえ、定期大会に提出する議案を決める中央委員会に本件ストライキにかかるスト方針を議案として上程する準備計画をし、中央委員会に当該議案を提出し、定期大会の開催、同大会への出席、同大会における当該議案の提出をするなどして、本件ストライキ実行に関する議案の成立と決議に向けて行動し、高教組は、前記第七一回定期大会において、右原告らの右企画のもとに本件ストライキの実施方針を決定した。
そして、右原告らは、右定期大会の決定を受けて行われた前記批准投票に際し、批准成立に向けて高教組各組合員へ指示・働きかけを行い、同年九月一七日には、代表者会議で本件スト方針を確認し、同年一〇月六日、執行委員会で本件ストライキ突入を決定し、各組合員に対し、本件ストライキへの参加を慫慂する等の行為をし、本件ストライキに関し指導的な役割を果たした。
右原告らの行為は、地公法三七条一項後段で禁止されている争議行為等の違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、もしくはあおった行為に該当し、同法二九条一項一号及び三号に該当する。
(五) よって、被告は、地公法二九条一項一号ないし三号により、別表(一)記載の原告らに対しては同表「処分の種類」欄記載のとおり、減給または戒告の懲戒処分をし、別表(二)記載の原告らに対してはいずれも戒告の懲戒処分をした。
四 抗弁に対する認否及び原告の主張
1 認否
(一) 抗弁1の事実について
(一)ないし(三)の事実はすべて認める。
(二) 抗弁2の事実について
(1) (一)の事実のうち、別表(二)記載の原告らが本件ストライキの当時同表「当時の勤務校」欄記載の学校に勤務し、「当時の職名」欄記載の職にあったこと、右原告らが本件ストライキに参加したことは認める。
(2) (二)の事実のうち、県教組本部執行委員会の権限が大会及び中央委員会の決定事項を執行すること、大会及び中央委員会に提出する議案を作成すること、緊急事項を処理すること等であること、別表(一)「番号」欄一番ないし三番、七番ないし一一番記載の原告らが同表「組合役職名」欄記載の県教組の役員の地位にあり、県教組本部執行委員会の構成員であったこと、県教組が昭和五八年四月五日の本件ストライキにかかるスト方針に関する日教組全国戦術会議の決定を受けて同月二八日に開催された県教組中央委員会において本件ストライキにかかるスト方針を決定し、第九一回定期大会において、本件ストライキの実施方針を決定したこと、右定期大会の決定を受けて批准投票が行われたことは認める。
(3) (三)の事実のうち、県教組支部の書記長の職務権限が正副委員長を補佐して事務を処理することであること、別表(一)「番号」欄一二番ないし二三番記載の原告らが同表「組合役職名」欄記載の県教組各支部の書記長(支部役員は書記長のみが専従役員である。)であること、県教組が昭和五八年四月五日の本件ストライキにかかるスト方針に関する日教組全国戦術会議の決定を受けて同月二八日に開催された県教組中央委員会において本件ストライキにかかるスト方針を決定したこと、県教組各支部が同年五月下旬こらから六月中旬ころにかけて各支部定期大会を開催して本件ストライキにかかるスト方針を決定したこと、右各支部定期大会及び本部定期大会における本件ストライキの実行の決定を受けて各支部における批准投票が行われたことは認める。
(4) (四)の事実のうち、高教組執行委員会の権限が大会及び中央委員会の決議事項を執行すること、緊急事項の処理に関する事項等であること、別表(一)「番号」欄四番ないし六番記載の原告らが同表「組合役職名」欄記載の高教組の役員の地位にあり、別表(二)「番号」欄二四番ないし二七番記載の原告らが高教組執行委員の地位にあって、いずれも高教組執行委員会の構成員であること、高教組が第七一回定期大会において本件ストライキの実施方針を決定したこと、右定期大会の決定を受けて批准投票が行われたこと、同年九月一七日に代表者会議で本件ストライキの方針が確認されたこと、同年一〇月六日、執行委員会が本件ストライキ突入を決定したことは認める。
(5) (五)の事実は認める。
2 原告らの主張
(一) 公務員の争議行為を一律全面的に禁止した地公法三七条一項は、憲法二八条に違反する。
(1) 憲法二八条は、労働者に団結権、団体交渉権及び争議権のいわゆる労働基本権を保障している。これは憲法二五条の生存権の保障を基本理念とし、使用者に対して経済上劣位に立つ労働者に対して実質的な自由と平等とを確保し、利害の対立する使用者と実質的に対等な立場に立つことを促進し、労働者の地位の向上をはかろうとするものであり、労働基本権の保障は公務員にも及ぶものである。
(2) もっとも、公務員の場合、予算や法律等で決められる事項は、労使の合意だけでなく、さらに議会手続を経なければならない点で民間労働者と異なり、財政民主主義等が公務員の労働基本権を制約する一つの原理になりうるが、その原理は公務員の労働基本権とりわけ争議権を全面的に否定する二律背反のものではなく、公務員の労働基本権と財政民主主義等の原理とは、双方とも相当程度弾力的なものであって、比較衡量が可能であり、かつ、比較衡量として具体的な調整を図るべきものである。
そして、労働基本権が基本的人権として公務員に対しても保障が及ぶことにかんがみ、公務員に対する労働基本権の制約については、人権制約の一般原則である必要最小限度原則を基本として、それを踏まえた具体的な比較衡量が行われなければならない。
(3) すなわち、公務員に対する労働基本権とりわけ争議権の制限は必要最小限に止めるべきものであり、その職務内容に応じて争議行為ごとにその具体的な影響を考慮しつつ制限の必要性の有無と制限の程度とを個別に検討すればよく、争議行為を全面一律に禁止する必要はないし、その合理的理由もない。
したがって、教育公務員を含む地方公務員に対し、全ての争議行為を全面一律に禁止した地公法三七条一項は明らかに不合理な規定であり、憲法二八条に違反する違憲無効の法令である。
(二) 公務員の労働基本権がやむなく制限される場合、これに見合う適切な代償措置が講じられなければならず、その代償措置は次の要件を満たす必要があり、右はILO結社の自由委員会の専門家委員会の意見として国際的な常識となっている。
(1) 代償措置として、労働条件を決定するための機関が設置されなければならず、その代償機関は中立・公平な機関でなければならず、労使紛争の解決機関として調停・仲裁機能を有しなければならない。
(2) 代償機関が労働条件を決定するについては、当事者が右決定過程のあらゆる段階で参加し、その意見が反映される仕組みであることを要する。
(3) 代償機関が下した裁定は当事者を拘束し、その裁定は迅速・確実に実施される保障がなければならない。
(4) 代償機関の下した裁定の実施については、予算上の留保を認めてはならない。
わが国の現行公務員法制下の人事院、人事委員会制度とそれが行う勧告は右の要件をすべて欠くものであり、労働基本権制限の適切な代償措置とはなっていない。
したがって、地公法三七条一項は適切な代償措置をおかずに労働基本権を制限するものであるから、憲法二八条に違反する違憲無効の法令である。
(三) 地公法三七条一項は憲法九八条二項に違反する。
(1) わが国は、国際労働機関(以下、「ILO」という。)の採択した一九四八年の結社の自由及び団結権の保護に関する条約(以下、「ILO八七号条約」という。)及び一九四九年の団結権及び団体交渉権についての原則の適用に関する条約(以下、「ILO九八号条約」という。)を締結し、批准している。
(2) 一九八三年及び一九八四年のILOの条約勧告適用専門家委員会の一般調査及び個別意見によるILO八七号条約及び同九八号条約の解釈及び日本法に対する見解によれば、第一に、公的機関の代行者としての資格で行為する公務員以外の公務員には、両条約の適用があり、教職員にも適用があること、第二に、ILO八七号条約三条、八条、一〇条等はストライキ権を保障しており、その保障は右公務員にも及ぶものであること、第三に、右公務員の団体交渉権の完全な保障を奪うことは、同九八号条約三条、四条に反するのみならず、団体交渉権の保障はストライキ権の存在を前提としているので、ストライキ権の否定は同条約に抵触すること、第四に、ストライキ権及び団体交渉権を制限、否認された公務員に対しては、制限、否認に見合う代償措置が完備しなければならないこと、第五に、わが国の地公法などの公務員法制は、第一に言及したような公務員の区別がなく、すべての公務員から一律無制限に団体交渉権及びストライキ権を制限しまたは奪っており、これに見合う代償措置が存在しないこと等が明らかにされている。
地公法三七条一項は、すべての地方公務員に対し、すべての争議行為等を禁止しているのであるから、これがILO八七号条約及び同九八号条約に抵触することは明らかである。したがって、地公法三七条は憲法九八条二項に違反する。
(四) 以上のとおり、地公法三七条一項は違憲無効な法令であるから、これに基づいてなされた本件各懲戒処分は違法である。
五 再抗弁
1 地公法三七条一項の本件適用上の違憲
(一) 地公法三七条一項が法令上合憲であるとしても、同条項が合憲であるための要件である代償措置が迅速公平にその本来の機能を果たしていない場合には、公務員の争議行為に同条項を適用することは違憲となる。
公務員についても、憲法によって労働基本権が保障されている以上、この保障と国民全体の共同利益の擁護との間に均衡が保たれることを必要とすることは、憲法の趣旨であると解されるのであるから、その労働基本権を制限するにあたっては、これに代わる相応の措置が講じられていなければならない(最高裁昭和四八年四月二五日判決・刑集二七巻四号五四七頁参照)が、さらにその代償措置は公務員の争議行為の禁止が違法とされないための強力な支柱なのであるから、それが単に制度として整備されているだけでなく、運用面においても現実に機能を果たしていることを必要とする。
したがって、仮にその代償措置が迅速公平にその本来の機能を果たさず、実際上画餅にひとしいとみられる事態が生じた場合には公務員がこの制度の正常な運用を要求して相当と認められる範囲を逸脱しない手段態様で争議行為に出たとしても、それは憲法上保障された争議行為である(右最高裁判決の岸、天野両裁判官追加補足意見参照)から、そのような場合には、公務員の争議行為の禁止は憲法二八条に違反することとなる。
(二) 代償措置としての人事院勧告制度の意義
(1) 公務員は給与改定その他勤務条件の変更について団体交渉権、争議権を制限され、そのかわりに公務員給与は国会において社会一般の情勢に適応するよう随時これを変更することとし、この給与等の変更について人事院は情勢適応の原則に基づいて国会及び内閣に対して勧告することとされている。その意味において人事院勧告制度はまさに労働基本権制限の代償措置というべきである。
また、公務員の労働基本権に対する制限の代償措置として、人事院勧告制度のほかに、法は勤務条件についての周到詳密な規定を設け、公務員はいわゆる法定された勤務条件を享受し、さらに人事院に対するいわゆる行政措置要求、審査請求等の制度が整備されているが、これらも代償たる機能を果たしているとしても、給与改定については人事院勧告制度が決定的機能を果たしていることはいうまでもないのであるから、人事院勧告制度は、代償措置の中でも最も重要なものの一つであり、公務員の争議行為禁止が違法とされないための最重要な支柱というべきである。
(2) 憲法二八条が労働基本権を保障し、勤労者はこの保障によって団結し、団体交渉、争議行為によって賃金その他の勤務条件の改善を要求し、実現をはかるものである以上、そのような団体交渉と争議行為とを制限禁止する代償としての人事院勧告制度は、単に勧告がなされるのみでなく、それが実施され給与改定が実現されることまでも本来的に予定しているというべきである。
(3) 右のとおり人事院勧告が完全に実施されるべきことは人事院、国会、内閣によってもたびたび確認されている。国会は、公務員の給与に関する人事院勧告については、その制度の趣旨にかんがみ、これを完全に実施すべきである旨再三にわたって決議し、内閣も長年の不完全実施を経たのちの昭和四五年に人事院勧告の完全実施が国家公務員法の趣旨でありそれは財政事情にかかわらず完全実施すべきものであることを明らかにして、その後一〇年にわたって人事院勧告は完全実施され、人事院勧告完全実施は慣熟した慣行といわれてきた。
(4) したがって、内閣をはじめとする関係当局は人事院勧告を最大限に尊重し、完全実施をするように可能な限りの努力を尽くすべきであって、もしそのような努力を尽くさないで人事院勧告が完全実施されず、公務員の給与改定の代償措置としての役割が果たされないような事態に立ち至ったときは、人事院勧告制度はその本来の機能を失ったものというべきであり、そのような場合には、公務員が争議行為に出たとしてもそれは憲法上保障された争議行為であるというべきであり、このような争議行為を禁止することは違憲となる。
(三) 本件ストライキに至る経緯
(1) 人事院は、昭和五六年八月七日、同年度の国家公務員の給与について、平均5.23パーセントの引上げ勧告を行ったところ、一般職の国家公務員については、本俸は人事院勧告どおり実施されたが、期末・勤勉手当についてはベースアップ分が見送られて旧ベースで行われ、指定職(本省の部長級以上)と管理職(本省の課長級以上)については給与改定を昭和五七年四月まで一年繰り下げられ、人事院勧告は一部実施されなかった。
そして、人事院は、昭和五七年八月六日、同年度の国家公務員の給与について、平均4.58パーセントの引上げ勧告を行ったが、右人事院勧告は全面的に実施が見送られた。
(2) 公務員共闘は、右のような人事院勧告の不完全実施の経緯を踏まえ、昭和五八年四月八日総務長官及び人事院総裁に対し、同月一一日労働大臣に対し、それぞれ提出した春闘要求書の中で昭和五七年人事院勧告分の回復措置と一〇パーセント二万三〇〇〇円の賃上げを要求した外、人事院勧告制度尊重の基本姿勢の明確化、昭和五七年度人事院勧告凍結に対する遺憾の意の表明、昭和五八年度人事院勧告完全実施の確約等を要求し、同年四月二六日に統一ストライキを計画したが、政府及び人事院と交渉を重ねた結果、同月二五日に総務長官及び労働大臣から、人事院勧告の実施については誠意をもって最大限の努力をするとの回答を得て、翌二六日の統一ストライキを中止した。
(3) 公務員共闘は、同年六月上旬ころ、春闘相場を勘案しながら七パーセントの歯止め要求を設定し、大衆行動をおりこみながら、同年七月下旬に至るまで精力的に人事院交渉を展開した。
(4) 人事院は同年八月五日に国会及び内閣に対して、同年度の国家公務員一般職の給与を平均6.47パーセント(平均一万五二三〇円)引き上げるように勧告した。
(5) 公務員共闘は、同日、人事院勧告の内容を不満としながらも、「人事院勧告の早期完全実施を実現するため、政府回答日を設定して政労交渉を強化し、最重要段階には統一ストライキを組織して闘い抜く」との声明を発表し、政府に対し、早期に完全実施の閣議決定を行うよう求める要求書を提出し、総務長官と交渉して回答を求め、その回答期限を同年八月二三日に設定した。
(6) また、公務員共闘は、同年八月九日の常任幹事、戦術委員長合同会議で、臨時国会(同年九月八日開催)直前の同年九月五日を政府回答日に指定して、翌九月六日に早朝二時間の統一ストライキを配置することを決定した。
(7) 総務長官は回答指定日の同年八月二三日、公務員共闘との交渉に応じ、同年度の人事院勧告の取扱いについては給与関係閣僚会議を開いて協議したが結論を得るに至っていないが、事柄の性質上できるだけ早く結論を得るよう努力したい旨回答した。
公務員共闘は、同年九月六日に統一ストライキを計画していることから、同年九月上旬段階までには必ず閣議決定するよう強く申し入れた。
(8) 公務員共闘は同年九月五日、官房長官及び総務長官と個別に交渉したが、いずれも二年続きの凍結はしない、引き続き誠意をもって話し合っていくとの回答にとどまった。
右回答は公務員共闘にとって極めて不満なものであったが、同日、公務員共闘は政府が交渉を継続すると確約した以上、第二の山場を設定して闘うことが重要であるとの判断に基づいて、同年九月六日のストライキの延期を決定し、同月一四日の公務員共闘拡大共闘委員会で、あらためて第二次政府回答日を同年一〇月六日に指定し、翌一〇月七日にストライキを配置することを決定した。
(9) 公務員共闘は、その後同年一〇月六日に至るまで、総理府人事局長、自治省、文部省、労働省、行政管理庁等との交渉を重ね、同年一〇月六日には官房長官、総務長官交渉を行った。しかし、具体的な回答はなく、引き続き、検討中であるというものの、結論を出す時期や検討経過の説明もなかった。
(10) 以上の状況から、同年一〇月七日の時点では、もはや漫然と政府との交渉を続ける段階ではなく、公務員労働者が決起してストライキ闘争に立ち上がり、その力によって人事院勧告完全実施の閣議決定を促すしかない状況に立ち至っていた。そこで公務員共闘はやむなく最後の手段として同月七日統一ストライキに突入し、県教組及び高教組もこれに参加した。
(四) 本件ストライキの合憲性
(1) 地方公務員の給与は直接には県人事委員会によって勧告され、県当局によって実施されるのであるが、現実には県人事委員会勧告は、勧告そのものを人事院勧告にほぼ追従してきたし、その実施についても県当局はその財政事情等と全く関係なく国の実施に追従し、昭和五七年の政府の人事院勧告凍結についても全国の都道府県等が一つの例外もなく地方公務員の給与改定の凍結で追従してきた。
したがって、地方公務員の給与改定にとっては、国家公務員の給与改定すなわち人事院勧告の実施如何が直ちに地方公務員の給与改定すなわち県人事委員会勧告の実施に連動するものである。
(2) 公務員共闘は、昭和五七年度の人事院勧告が凍結されたことに鑑み、昭和五八年度は春から政府や人事院に対し人事院の早期勧告やその完全実施を求める交渉等を行い、同年八月五日の人事院勧告後はさらに政府に対して完全実施を求める要請、交渉を繰り返した。しかし、人事院勧告から二か月経過しても政府の実施作業は進まず、むしろ昭和五八年度も人事院勧告が抑制される可能性が高まり、政府との交渉にも進展がなかった。
そして、人事院勧告が凍結・抑制されれば、都道府県等の人事委員会勧告も連動して凍結・抑制されることは毎年の例から明らかであった。
(3) 本件ストライキは、以上の経過の中で、人事院勧告の完全実施を求めて行われた僅か二時間の単純な同盟罷業であり、まさに代償措置制度の正常な運用を求めるものであるとともに、その手段態様においても相当と認められる範囲を逸脱しないものであるから、それは憲法上保障された争議行為である。
よって、本件ストライキに対して地公法三七条一項を適用してした本件各懲戒処分は憲法二八条に違反する。
2 本件各懲戒処分は裁量権を逸脱し、懲戒権の濫用である。
(一) 比例原則違反
(1) 本件ストライキの必要不可欠性
公務員の争議権はく奪に見合う代償措置としての人事院勧告(大分県の場合人事委員会勧告)が、政府、県当局によって完全実施されたのは、昭和四五年からであった。
この人事院勧告完全実施は、その後一〇年間、すなわち昭和五五年まで行われ、「慣熟した慣行」といわれるようになった。
本件ストライキは、昭和五七年度人事院勧告の全面凍結に続き、昭和五八年度人事院勧告についても政府が全面実施に向けて誠意ある努力を尽くさず、全面凍結はともかく、大幅不履行の動きが強まりつつある状況の下でやむにやまれずなされたものである。
人事院勧告が、労働基本権制限の代償措置である以上、前年度の全面凍結に続き、大幅不履行の閣議決定がなされる切迫した状況の下で、公務員労働者が人事院勧告完全実施を求めて争議行為に立ち上がることは、まことに切実かつ必要やむを得ないものであった。
(2) 公務員共闘は、昭和五八年度の春闘の段階から春闘要求書の提出、関係各省庁との交渉等を通じて昭和五八年度人事院勧告の完全実施を要求し、昭和五八年度勧告がなされた同年八月五日以降も、要求書の提出、交渉、請願、デモ、集会等、あらゆる手段を尽くして政府に対し人事院勧告完全実施を要求した。
公務員共闘の統一ストライキは、最初は同年九月六日に予定されていたのであるが、これも延期し、粘り強く要求行動を積み重ねていったのである。
しかし政府は、勧告から二か月を経た同年一〇月六日の回答においてすら人事院勧告完全実施を明確にせず、政府部内の動向及び国会の審議日程などから、そのまま推移すれば昭和五八年度人事院勧告についても大幅不履行の決定がなされることが必至の状況であった。
ここに至っては、人事院勧告完全実施のため公務員労働者がとり得る手段は、もはやストライキしかなかったのであり、本件ストライキはまさに必要やむを得ない最後の手段としてなされたのである。
(3) 本件ストライキの態様
本件ストライキの態様はわずか二時間の単純不作為に過ぎず、しかもその間の児童生徒らに対する配慮も事前に周到に準備され、教育現場には何らの混乱も起こらなかった。二時間の授業の遅れは、教育活動の弾力性に照らし、速やかに、かつ容易に回復されるのであり、教育現場への影響は全く存在しなかったに等しい。
(4) 本件各懲戒処分の苛酷性
行政実例は、地公法に基づき停職、減給、又は戒告の処分を受けた場合昇給を延伸することができるとしているが、昇給延伸は在職中のみならず退職金・年金にまで影響し、被処分者に極めて苛酷な結果をもたらす。
(5) 以上の事実に照らし、本件懲戒処分は明らかに比例原則に反する。
(二) 公正原則ないし信義則違反
本件ストライキは、前年度来人事院勧告が全面凍結されている状況の下で、人事院勧告の正常な運用を要求してなされたものであって、ストライキの原因は人事院勧告を履行しなかった当局側にあったものというべきである。
人事院勧告制度は、労働基本権の代償措置なのであるから、代償措置が機能していない以上、公務員が争議行為禁止規定に違反して争議行為に及んだとしても、その争議の規模態様が代償措置の形骸化に見合う程度の対抗的行動に止まる限り、これに対し懲戒処分をすることは、自己の非を棚に上げて相手方のみを制裁するものであり、不公正である。
労働基本権の制限が代償措置を前提としている以上、後者を履行せずにおいて、前者の遵守のみを要求するのは、信義則にも反する。
(三) 要考慮事項の不考慮
公務員の労働基本権制限が代償措置を前提とするものであることは最高裁判例上も明白なのであるから、代償措置たる人事院勧告が実施されない状況下で、その限りでなされた公務員の争議行為が、地公法三七条に違反するものといえるか否か、また仮に違反するとして、これに対し懲戒処分を行うか否かは、慎重な検討を要する事項である。
したがって、本件ストライキが人事院勧告凍結下でなされたものであるという特殊事情は、懲戒権の行使を抑制すべき要素として、慎重に考慮されるべき要考慮事項である。
然るに本件各懲戒処分は、昭和四九年の四・一一ストに対する処分以来の九年ぶりの参加者全員処分となっているのであり、しかも本件ストライキ関係で全国で最初になされた大量処分である。
したがって、被告が本件懲戒処分に当たり、人事院勧告全面凍結下のストライキであるという本件の特殊事情を何ら考慮していないことは明白であり、要考慮事項の不考慮の違法がある。
(四) 他事考慮
昭和五八年七月の大分県議会で、自民党及び自民クラブは、昭和五七年一二月一六日の人事院勧告スト処分をめぐり県教委を追及した。その理由は、(1)他県に比較して処分時期が遅れたこと、(2)県教委が従来県議会に対し「文書訓告者が違法ストを重ねた場合は、懲戒処分の強い姿勢で臨む」と言明してきたにもかかわらず、軽い処分に止めたことの二点であり、高野教育委員長の答弁を不満として議会が中断し、空転が続くという異常事態が起こった。
同月一九日高野教育委員長は、混乱の責任をとって県議会議長に辞意を表明し、議長あっせんという形式の政治的圧力を受け入れて、同日午後七時からの議会で同委員長が「今後重ねてストを行ったものは従前より厳しい措置で対処する」旨を言明することでようやく混乱を収拾した。
その結果が、本件ストに対する九年ぶりの参加者全員処分となり、しかも本件ストライキ関係で全国始めての全員処分という異常な処分につながったのである。
これは、昭和五八年七月県議会以来の自民党の政治的圧力によるものに外ならず、そのような配慮が処分における重要な動機をなしている。
以上、他事考慮の違法がある。
(五) 以上述べたところに照らして、本件各懲戒処分は明らかに懲戒処分権を濫用したものというべきであるから、取消を免れない。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1の事実について
(一) (一)及び(二)の主張は争う。
(二) (三)の事実について
(1)の事実は認める。
(2)の事実のうち、公務員共闘議長らが、昭和五八年四月八日総務長官及び人事院総裁に、同月一一日労働大臣にそれぞれ会い、「昭和五八年度の公務員賃金平均二万三〇〇〇円(一〇パーセント)以上引上げ」「昭和五八年人事院勧告の完全実施」等の内容を盛り込んだ要求書を手渡したこと、同月二五日に公務員共闘と総務長官との交渉が行われたことは認め、その余の事実は知らない。
(3)の事実は知らない。
(4)の事実は認める。
(5)の事実のうち、公務員共闘が昭和五八年八月五日「人事院勧告の早期完全実施を実現するため、政府回答日を設定して政労交渉を強化し、最重要段階には統一ストライキを組織して闘い抜く」との声明を発表し、政府に対し要求書を提出したことは認める。
(6)の事実のうち、公務員共闘が昭和五八年九月六日に争議行為を行うことを計画していたことは認める。
(7)の事実のうち、昭和五八年八月二三日に公務員共闘と総務長官との間に交渉が行われたことは認める。
(8)の事実のうち、公務員共闘が同年九月五日に官房長官及び総務長官と交渉を行ったこと、右交渉の結果、政府側が交渉を継続するとの回答をしたこと、同年九月六日に予定していた争議行為を延期したこと、同年一〇月七日に争議行為を行うことを計画したことは認める。
(9)の事実のうち、公務員共闘が昭和五八年一〇月六日に官房長官、総務長官と交渉を行ったことは認める。
(10)の事実のうち、公務員共闘が昭和五八年一〇月七日に争議行為を行ったこと、及び県教組及び高教組がこれに参加したことは認める。
(三) (四)の主張は争う。
2 再抗弁2の事実について
(一) (一)の事実について
(1)の事実のうち、昭和四五年から、昭和五五年まで人事院勧告及び大分県人事委員会勧告が完全実施されたこと、人事院総裁がこれをさして「慣熟した慣行」とのべたとことは認めるが、その余は争う。
(2)の事実のうち、公務員共闘が、昭和五八年度の春闘の段階から、人事院勧告の完全実施を要求し、政府交渉したこと、九月六日に予定した統一ストライキを延期したこと、同年一〇月六日の段階で政府が人事院勧告の完全実施を明確にしていなかったことは認めるが、その余は争う。
(3)の事実は争う。本件ストライキにより、学校教育の現場は混乱し、児童生徒の教育について少なからぬ影響を与えた。二時間とはいえ、教育の特質に鑑みればこれを回復することは不可能である。
(4)の事実は争う。本来、職員に昇給を要求する権利はなく、その実施、延申等は任命権者において職員の職務の実施状況等を勘案して決定するものである。
(5)は争う。
(二) (二)の事実の主張は争う。後述のとおり、昭和五八年度の人事院勧告及び人事委員会勧告が勧告どおり実施されず、圧縮されたのは、異例の厳しい財政事情、国民世論の動向等を勘案してなされたものである。大分県では、教育長が県教組・高教組の各執行委員長に対し、違法なストライキを実施しないように警告し、同年六月三〇日には、前年度のストライキの処分に関して、今年度のストライキに参加した者については厳しい措置をとることを前提に比較的ゆるやかな処分に止めた経緯もあり、県教組・高教組ともに執行委員長は被告に対し、実力行使は慎重に臨むとの了解事項ができたにもかわらず、本件ストライキが行われたため、本件各懲戒処分に至ったもので、これが信義則に反することはない。
(三) (三)の主張は争う。
(四) (四)の主張は争う。
(五) 本件各懲戒処分は、単純な参加者についてもなされているが、これまでの各原告らの処分歴、本件ストライキに至るまでの被告による警告や、前年度の処分の際の了解事項に反してなされたものであること、本件ストライキの与えた影響、原告ら各人の果たした役割等考慮して、懲戒処分を選択し、適切に行ったもので権利の濫用ではない。
七 被告の主張及び再々抗弁
1 地公法三七条は憲法二八条に違反しない。
公務員の職務は国民全体の利益と密接な関連性を有する公共性をもつものであり、その停廃は国民全体の利益を害し、国民生活に重大な影響を及ぼすおそれがあり、また、公務員の給与等の勤務条件が法定され、その決定にあたっては当事者の合意によるのではなく、国会(地方議会)によって決定されるという財政民主主義の見地から、公務員の労働基本権は、無制約に保障されているものではなく、公務員の労働基本権が一般の私企業におけるのとは異なる制約に服すべきものとされるのが当然である。以上のように公務員はその職務・地位の特殊性から私企業における労働者とは異なり、憲法上、当然に団体交渉権、争議権を認められているわけではなく、憲法二八条に内在する生存権の保障・擁護の理念からの配慮として、公務員に対しても労働基本権を保障しようとしたものである。したがって、公務員に対する代償措置とは争議権を制約した代償ではなく、「生存権擁護のための配慮」による立法措置である。
非現業の地方公務員に対する代償措置としては、勤務条件条例主義の定め、人事委員会・公平委員会の設置及びその権限、身分・服務等に関する保障等がこれに該当し、これらは地方公務員の生存権擁護の理念に十分応えるものであって、労働基本権制約に見合う適切な代償措置としての一般的な要件を充足しているから地公法三七条一項は憲法二八条に反しない(最高裁判所昭和五二年五月四日大法廷判決等)。
2 地公法三七条は、ILO八七号条約及び同九八号条約に違反するものではない。
わが国は、ILO八七号条約及び同九八号条約を締結し、これを批准しているが、右各条約は、労働者の争議権に関する条約ではなく、九八号条約は公務員の地位を取り扱うものではないことを明確にしているのであって、右両条約は公務員に対し争議権を認めたものではないことは明かであるから、地公法三七条が右両条約に反することはない。その後、ILO結社の自由委員会の条約適用に関する専門家委員会において、右両条約が争議権に関するものとして理解され、意見や勧告等がなされているとしても、右がわが国を拘束するものではないことはいうまでもない。
3 本件ストライキに地公法三七条を適用することは憲法二八条に反しない。
代償措置とは、人事院ないし人事委員会による給与改定勧告制度のみでなく、人事院ないし人事委員会(公平委員会)制度、勤務条件法定(条例)主義を含めて公務員の身分、任免、服務、給与その他の勤務条件について公務員の利益を保障する現行法上の諸制度の総称であって、右代償措置は制度上も機能上も代償措置として公務員の生存権擁護の理念を十分に充足している。
人事院勧告制度は、代償措置の一部であるうえ、そもそも人事院勧告には内閣や国会に対する法的な拘束力が存しないのであるから、法は人事院勧告が完全に実施されない場合のあることを当然に予想している。
公務員の給与は、国民からの税収等によって賄われるものであって、世論の動向等も無視できず、その改定は民間賃金との比較だけではなく、財政的、政治的その他諸般の事情をも勘案して決定されるべきものであって、人事院勧告をどのように取り扱うかの決定は、国政全般との関連においてなされる国会及び内閣の高度に政治的、政策的判断である。
したがって、人事院勧告が完全に実施されなかったとしても、違法な争議行為が正当化されるものではない。
仮に、代償措置が機能を喪失する場合が問題になりうるとしても、それは公務員の給与等の勤務条件が劣悪化し、その生活が危機に瀕するという極めて希有な例外的場合に限られるといわなければならない。
本件において、代償措置として設けられた諸制度が機能していなかったという事実はなく、地公法三七条一項の適用が違憲であるとの主張は、その前提を欠き認められない。そして、教育公務員特例法二五条の二、三、五等、国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法、学校教育の水準の維持向上のための義務教育諸学校の教育職員の人材確保に関する特別措置法等によって昭和四九年以降、教育公務員については他の一般職員に比して各種の優遇措置が講じられているのであって、これを考慮すると、教育公務員である地方公務員については生存権の保障について他の地方公務員よりも手厚い保護がなされているのであって、代償措置が機能していなかったということはできない。
4 再々抗弁
政府及び国会が昭和五七年度及び昭和五八年度の人事院勧告の実施見送り及び部分的実施を決定した理由は、異例に困難な財政事情、経済・社会情勢、世論の動向等の結果である。
すなわち、昭和五七年度においては、未曽有の危機的な財政事情の下において国民的課題である行財政改革を担う公務員が率先してこれに協力する姿勢を示す必要があること、官民給与の格差(4.5パーセント)が一〇〇分の五未満であること等から給与改定が見送られた。また、昭和五八年度は、異例に厳しい財政事情、国民的課題である行財政改革が推進されているなかにおける国民世論の動向等を勘案して圧縮して実施されたのである。
これらの措置は、人事院勧告を受けた政府が、国政全般との関連を考慮して、その取扱いを決定し、最終的には国権の最高機関たる国会の判断を仰いでなされたものである。
なお、給与改定が実施されなかった昭和五七年度においても、国家公務員の定期昇給による上昇分は、二パーセント強であり、消費者物価の2.8パーセント上昇率にほぼ対応している。
政府及び国会が給与改定措置の決定に当たって勘案した右の諸情勢は、地方公共団体にも共通するものであり、昭和五七年及び五八年において大分県人事委員会勧告が完全実施されなかったのも同様の理由によるもので、政府及び大分県においては人事院勧告・人事委員会勧告を尊重すべく、最大限の努力をしたが、前記の事情によりやむなくその完全実施ができなかったものである。
八 再々抗弁に対する認否
再々抗弁事実は争う。政府及び大分県は人事院勧告・人事委員会勧告を尊重すべく、法律上、事実上可能なかぎりの努力を尽くしていないし、人事院勧告・人事委員会勧告を実施することは可能であった。
第三 証拠<省略>
理由
一本件各懲戒処分について
請求原因1、2の事実及び3の事実のうち本件各懲戒処分について原告らから大分県人事委員会に対し法定の期間内に審査請求がなされ、現に係属中であることは当事者間に争いがなく、右事実によれば、本件各懲戒処分については審査請求から三か月を経過しても裁決がなされていないことが明らかであるから、本件訴えは適法である。
二抗弁及び原告らの主張について
1 抗弁1の事実については当事者間に争いがない。
2 抗弁2の事実について
(一) (一)の事実のうち、別表(二)記載の原告らが本件ストライキの当時同表「当時の勤務校」欄記載の学校に勤務し、「当時の職名」欄記載の職にあったこと、右原告らが本件ストライキに参加したことは当事者間に争いがなく、その余の事実は原告らにおいて明らかに争わないでこれを自白したものとみなす。
(二) (二)の事実のうち、県教組本部執行委員会の権限が大会及び中央委員会の決定事項を執行すること、大会及び中央委員会に提出する議案を作成すること、緊急事項を処理すること等であること、別表(一)「番号」欄一番ないし三番、七番ないし一一番記載の原告らが同表「組合役職名」欄記載の県教組の役員の地位にあり、県教組本部執行委員会の構成員であったこと、県教組が第九一回定期大会において、本件ストライキの実施方針を決定したこと、右定期大会の決定を受けて批准投票が行われたことは当事者間に争いがなく、その余の事実は原告らにおいて明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。
(三) (三)の事実のうち、県教組支部の書記長の職務権限が正副委員長を補佐して事務を処理することであること、別表(一)「番号」欄一二番ないし二三番記載の原告らが同表「組合役職名」欄記載の県教組各支部の書記長(支部役員は書記長のみが専従役員である。)であること、県教組が昭和五八年四月五日の本件ストライキにかかるスト方針に関する日教組全国戦術会議の決定を受けて同月二八日に開催された県教組中央委員会において本件ストライキにかかるスト方針を決定したこと、県教組各支部が同年五月下旬ころから六月中旬ころにかけて各支部定期大会を開催して本件ストライキにかかるスト方針を決定したこと、右各支部定期大会及び本部定期大会における本件ストライキの実行の決定を受けて各支部における批准投票が行われたことは当事者間に争いがなく、その余の事実は原告らにおいて明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。
(四) (四)の事実のうち、
高教組執行委員会の権限が大会及び中央委員会の決議事項を執行すること、緊急事項の処理に関する事項等であること、別表(一)「番号」欄四番ないし六番記載の原告らが同表「組合役職名」欄記載の高教組の役員の地位にあり、高教組執行委員会の構成員であること、別表(二)「番号」欄二四番ないし二七番記載の原告らが高教組の執行委員の地位にあり、高教組執行委員会の構成員であること、高教組が第七一回定期大会において本件ストライキの実施方針を決定したこと、右定期大会の決定を受けて批准投票が行われたこと、同年九月一七日に代表者会議で本件スト方針が確認されたこと、同年一〇月六日、執行委員会で本件ストライキ突入を決定したことは当事者間に争いがなく、その余の事実は原告らにおいて明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。
(五) (五)の事実は当事者間に争いがない。
(六) 右争いのない事実及び<書証番号略>、証人江藤匡一、同吉山和人、同岡村憲次、同嶋津文雄及び同手島誠一の各証言及び弁論の全趣旨によれば、県教組において、執行委員会は昭和五八年八月一〇日の組合機関誌「大分教育新聞」で同年九月六日に実施予定の統一ストライキに向けて職場・支部の体制づくりをするように呼びかけ、本部執行委員会、各支部役員等において九月六日のストライキの実施について、各組合員に対しオルグ活動、文書による指示等により働きかけ、右ストライキが延期された後は本件ストライキの実施に向けて同様の働きかけを行い、同年一〇月六日本件ストライキ突入を決定して各支部に指令を発したこと、高教組も九月一日付けの組合機関誌「大分縣高教組」において組合員に九月六日に実施予定の統一ストライキに参加を呼びかけ、さらに九月二六日付けの「大分縣高教組」において九月六日の統一ストライキが延期されたとして、本件ストライキへの参加を呼びかけたこと、高教組執行委員会は、本件ストライキに関し各組合員の役割を定めた「実施要領」を作成し、また、本件ストライキに関して本部によるオルグ活動を展開し、同年一〇月六日本件ストライキ突入を決定して各支部に指令を発したこと、被告は、昭和五八年八月中旬ころ、文部省からの通知により、日教組が同年九月六日に人事院勧告の完全実施を要求する統一ストライキを計画していることを知り、九月一日、教育事務所長会を開き、市町村立学校教職員の服務監督権者である市町村教育委員会に対してその対応について指導するように所長に指示し、九月三日には、県立学校長会を開き、教職員の服務について十分な指導をするように校長に指示し、県教組及び高教組の各執行委員長に自重を要望するとともに、争議行為を行った者については厳正な措置をもって臨む旨の警告書を手交したこと、九月六日の統一ストライキは回避されたが、被告は、日教組がさらに一〇月七日に統一ストライキを予定していることを知り、一〇月三日に、再度教育事務所長会を開き、同月七日に予定されているストライキについて、市町村教育委員会に対してその対応について指導するように重ねて所長に指示し、さらに、再度県立学校長会を開き、教職員の服務について十分な指導をするように重ねて校長に指示し、また、両教組の執行委員長に自重を要望するとともに、争議行為を行った者については厳正な措置をもって臨む旨の警告書を手交し、「一〇月七日のストライキは違法行為でありますから行ってはなりません。当日は平常どおり勤務してください。」との職務命令書を県下の全ての公立学校長から原告らを含むすべての公立学校教職員に交付されたことが認められる。
以上の事実によれば、日教組が本件ストライキ突入指令を発し、これを受けた県教組及び高教組は、執行委員会でストライキ突入を決定して各支部に指令を発したところ、両教組の各組合員は、校長・教頭らの職務命令に従わず、右指令に従って本件ストライキに参加したもので、別表(二)記載の原告らは一〇月七日早朝から二時間(高等学校定時制に勤務する原告らは一時間)勤務時間内に職場を放棄し、別表(一)「番号」欄一番ないし三番、七番ないし一一番記載の原告らは、同表「組合役職名」欄記載の県教組の役員の地位にあり、県教組本部執行委員をしていた者で、同表「番号」欄一二番ないし二三番記載の原告らは、県教組各支部の書記長の職にある者で、同表「番号」欄四番ないし六番の原告らは、同表「組合役職名」欄記載の高教組の役員の地位にあり、別表(二)「番号」欄二四番ないし二七番記載の原告らも高教組の執行委員の地位にあって、いずれも高教組執行委員会を構成していた者で、それぞれの立場で本件ストライキの実行を計画し、本件ストライキに向けて各組合員に対し指示、オルグ活動等により働きかけたものであるから本件ストライキを企てまたはその執行を共謀し、そそのかし、あおったものというべきである。
したがって、別表(二)記載の原告らの行為は地公法三七条一項に違反し、また、同法三五条、三二条にも違反するもので、同法二九条一項一号ないし三号に該当し、別表(一)記載の原告ら及び別表(二)「番号」欄二四番ないし二七番記載の原告らの行為は地公法三七条一項に違反し、同法二九条一項一号及び三号に該当するものと認められる。
3 原告らは、地公法三七条一項は憲法二八条に違反する旨主張する。
憲法二八条は勤労者の団結権、団体交渉権、争議権の労働基本権を保障しているが、これは憲法二五条の生存権の保障を基本理念とし、使用者に対して経済的に劣位に立つ労働者に対して、実質的な自由と平等とを確保し、利害の対立する使用者と実質的に対等な立場に立つことを促進し、労働者の経済的地位の向上をはかろうとするものであり、地方公務員も自己の労務を提供することにより生活の資を得ているものであって、経済上の実質的な自由と平等とを確保することが必要な点で私企業の勤労者と異なるところはないから、憲法二八条の労働基本権の保障は地方公務員にも及ぶものと解されるのである。しかし、この労働基本権の保障は右のように勤労者の経済的地位の向上の手段として認められたものであり、それ自体が目的とされる絶対的なものでないことは明らかであり、また、地方公務員の職務は国民全体の利益と密接な関連性を有する公共性をもつものであって、その停廃は国民全体の利益を害し、国民生活に重大な影響を及ぼすおそれがあるから、勤労者を含めた国民全体の共同利益の保障という見地から、地方公務員の労働基本権が一般の私企業におけるのとは異なる制約に服すべきものとされることは当然であり、地方公務員に争議行為を禁止することは、労働基本権の保障に代わる適切な代償措置が講ぜられている限り、憲法二八条に違反するものではない(最高裁昭和四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁参照)。そして、地方公務員の場合も、その職務内容の如何によって、国民全体の利益や国民生活への影響の程度は異り、争議行為の制約が要請される必要性、程度も異るといわざるをえないが、労働基本権の保障に代わる適切な代償措置が講ぜられている限り、争議行為が行われた場合の国民全体の利益や国民生活への影響等の程度の差を考慮することなく地方公務員の争議行為を一律に禁止しても憲法二八条に違反することはないと考えられる。
なお、最高裁昭和五二年五月四日大法廷判決の多数意見は、財政民主主義、勤務条件法定主義の見地から公務員に対しては憲法二八条の争議権の保障はないとし、したがって、代償措置とは争議権を制約した代償ではなく、「生存権擁護のための配慮」による立法措置と解しているようである。すなわち、非現業の国家公務員の場合、その勤務条件は、憲法上、国民全体を代表する国会において法律、予算の形で決定すべきものとされており(憲法四一条、七三条四号、八三条参照)、労使間の自由な団体交渉に基づく合意によって決定すべきものとはされていないので、私企業の労働者の場合のような労使による勤務条件の共同決定を内容とする団体交渉権の保障はなく、右の共同決定のための団体交渉過程の一環として予定されている争議権もまた、憲法上、当然に保障されているものとはいえないというのである。
しかし、憲法七三条四号や八三条は、かつて、天皇の大権事項であった官吏の任免、俸給等の勤務条件(大日本帝国憲法一〇条)について、これを国民主権の立場から修正し、民主的なコントロールの下におこうとしたものであって、憲法の予定する財政民主主義は、公務員の給与などの勤務条件に関する限り、その基準が逐一法律によって決定されるべきことまでも憲法上の要請として定めたものと解するのは相当でない。法律で大綱基準を定め、その実施面における具体化について一定の制限の下に内閣に広い裁量権を与え、かつ、公務員の代表者との団体交渉によってそれを決定する制度を設けることも憲法上不可能ではないというべきである。右のような制度が設けられた場合、内閣には公務員の代表者の正当な団体交渉の申入れに対しては誠実にこれを応ずべき義務があるが、交渉そのものは事実行為と考えるべき性質のものであり、内閣に公務員の代表者の要求をそのまま認めなければならない義務はないし、団体交渉の結果として何らかの協約を締結しなければならない義務がないこともまた当然である。そして、公務員の勤務条件に関して、国会もしくは地方議会の議決に至るまでの過程において、公務員が代表を通じて勤務条件の改善について自由に意見・見解を表明し、これが採用されたり、場合によっては団体交渉による合意に基づいて原案が作成されるなど、政府あるいは地方自治体と公務員の代表との間で団体交渉の余地が存することは明らかである。そして、このような団体交渉の結果得られた合意を原案として国会あるいは地方議会に提出することは可能であり、国会あるいは地方議会が国あるいは地方自治体の財政的、政治的、社会的な配慮によって最終的に決定するとしても財政民主主義と矛盾することにはならない。団体交渉は必ずしも交渉当事者による意思の共同決定を前提としなければならない狭いものでなく、事実行為としてより広い弾力的な内容を含み得るものであるから、憲法上、公務員の勤務条件がその性質上全く団体交渉による決定になじまず、団体交渉の裏付けとしての団体行動を正当とする余地がないとはいえないと解されるのである。このように争議権を背景とする団体交渉権は弾力的な内容を含むものであるから、財政民主主義と団体交渉権、争議権の保障とは直ちに二律背反の関係に立つものとみることは相当ではない。公務員の勤務条件を国会または地方議会が自由に定めうる議会制民主主義のもとでも労働基本権の保障もまた憲法上の要請である以上、両者を調和的に実現することが必要であり、また、可能であって、この調和をどのように実現するかは、国会の立法上の裁量に委ねられるところが大きいとしても、憲法二八条の要請に十分配慮することが求められているのである。現に、イギリス、フランス、イタリア等の西欧諸国において、わが国と同様の財政民主主義の原則をとりながら公務員の団体交渉権、争議権を制約していない例のおおいことは、両者を調和的に実現しうることを示していると考えられる。
元来、議会制民主主義は、憲法上、国政の決定方式上の原理を意味するものであり、他方、労働基本権等の基本的人権の保障は、憲法のもとにおける国政によって実現されるべき価値・内容に関する原理と考えられるのであって、両者は同一平面上の原理とはいえないものであり、その関係は二律背反ではなく、相互補完の関係にあるものと理解するのが相当である。
したがって、財政民主主義、勤務条件法定主義の原則は、公務員の労働基本権が私企業の労働者のそれに比してより大きな修正を受ける根拠となるにとどまり、この原則から公務員の団体交渉権や争議権の保障が当然に及ばないと解することはできず、ここでいう代償措置とは公務員の争議権を制約することに対する措置として、憲法二八条に直接由来する重要な意義をもつ制度としての意味を有するのである。
ところで、地方公務員に対する右代償措置としては、給与、勤務時間その他の勤務条件は条例で決定され、給与は生計費、国及び他の地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者の給与等が考慮して定められること(地公法二四条)、給与その他の勤務条件に関する情勢適応の原則(同法一四条)、職員の給与その他の勤務条件について研究し、地方議会もしくは地方公共団体の長にその結果を提出し、給料表の適否に関する報告もしくは勧告する権限を有する人事委員会の設置・構成(同法七条ないし一〇条、二六条)、職員の給与その他の勤務条件に関する措置要求を審査し、必要な措置を取る権限等を有する公平委員会の設置・構成(同法七条ないし一〇条)、分限、懲戒、降任、免職、休職、定年等に関しての身分保障(同法二七条ないし二九条)、勤務条件に関する措置要求(同法四六条ないし四八条)、不利益処分に関する不服申立(同法四九条ないし五〇条)等がこれに該当するものと考えられるところ、右の制度は地方公務員の労働基本権の制約に見合う代償措置として、一応、十分な条件を具えているものと認められる。
地方公務員に関するこれらの制度は、国家公務員における人事院制度に比して弱体と見られないではないが、代償措置は争議権等に代わる制度であり、労働者は争議権等が付与されたからといって賃金その他の勤務条件についてみずからが最も満足する結果が常に得られるわけではなく、むしろ、使用者との関係で一定の妥協により相対的に満足せざるを得ないことが通常と考えられるから、地方公務員における代償措置も職員の要求を完全に充足する程度のものまで保障されている必要はなく、労働者にふさわしい生活利益を擁護し得るものであることで足りる。右観点からすれば、前記代償措置は、地方公務員に対して一応労働者にふさわしい生活利益を擁護し得るものであると考えられるから、地方公務員の争議行為を一律に禁止した地公法三七条が憲法二八条に違反するということはできない。
なお、原告らは、ILOのドライヤー報告、結社の自由委員会の勧告等を根拠として、現行の人事委員会制度等は、地方公務員の労働基本権の制約に対する代償措置としての要件を備えていないと主張する。なるほど、前記ILOの勧告等によれば、労働基本権の制約に対する代償措置としては原告の主張(二)記載の要件を必要とされているが、わが国の地方公務員に対する前記代償措置は、右見解からすれば、代償措置としての基準を満たしていないといわざるをえないが、ILO関係諸機関の見解は、労働者の利益促進のため国際的立場からかなり理想的(努力目標的)なものを指向している部分も少なくなく、各国の実情に応じてその基準自体も修正されるべきものであり、例えば、人事院勧告(人事委員会勧告)の拘束力については財政民主主義からの制約もあり、原告らの主張の要件を満たしていないからといって、ただちに現行の代償措置が不十分であって、地公法三七条が憲法二八条に違反するということはできない。
4 次に、原告らは、地公法三七条がILO八七号条約及び同九八号条約に違反し、憲法九八条二項に違反するから、これを根拠としてなされた本件各懲戒処分は無効であると主張する。
わが国がILO八七号条約及び同九八号条約を締結・批准していることは当事者間に争いがないが、ILO八七号条約は、もともと結社の自由及び団結権の保障を目的としたものであり、ILO九八号条約もまた、労働者の団結権及び団体交渉権に関するものであって、いずれも公務員の争議権を保障したものではないから、地公法三七条及びこれに基づく本件各懲戒処分が右各条約に反するということはできない。
たしかに、<書証番号略>、証人中山和久の証言によれば、ILO八七号条約及び同九八号条約の団結権の背後に争議権が観念されていること、その後のILOの条約勧告適用専門家委員会の意見、結社の自由委員会の勧告等によれば、右条約が争議権を含むことを前提としているものとしてその適用勧告が論議されていることが認められ、右勧告等によれば、公務員について争議行為を禁止することは問題であるとしているが、右報告及び勧告に示されている見解は、現在のILOの条約解釈について尊重すべき見解ではあるものの、右両条約は、採択当初は、直接争議権の問題を取り扱うものではないと解釈されていたのであり、締結国は採択された当時の意味内容をもつものとして当該条約を批准するものと解されるから、採択後の関係機関による解釈の変更があると認められる場合であっても、これが、条約法に関するウイーン条約にいう条約の「適用につき後に生じた慣行であって当事国の合意を確立するもの」とまでいえない場合には条約の内容として当事国を拘束することはなく、ILOの結社の自由委員会の専門家委員会の見解がこれに当たらないことは明らかである。
したがって、地公法三七条が前記ILO条約に反し、憲法九八条二項に違反するとの原告らの主張は採用することができない。
三次に、再抗弁1について判断する。
原告らは、地公法三七条が合憲であるとしても、それは、地方公務員の労働基本権の制約及び禁止に対する代償措置が制度的にも機能的にも十分その保障機能を発揮している場合に限られ、代償措置が迅速公平にその本来の機能を果たさず、実際上画餅に等しいとみられる状態が生じた場合には、公務員がこの制度の正常な運用を要求して相当と認められる範囲を逸脱しない手段態様で争議行為に出たとしても、それは憲法上保障された争議行為であるから、これに地公法三七条を適用して懲戒処分をすることは憲法二八条に違反すると主張する。
前述のとおり、公務員の労働基本権を制約するには、これに代わる相応の代償措置が講じられなければならないが、その代償措置として、国家公務員及び地方公務員ともに身分、服務、給与その他に関する勤務条件が法定(地方公務員の場合には条例で定められている。)されているうえ、国家公務員については人事院が設けられ、人事院は公務員の給与、勤務時間その他の勤務条件について、国会及び内閣に対し報告または勧告を義務付けられており、公務員たる職員は、俸給、給料その他の勤務条件に関し、人事院に対しいわゆる行政措置要求をし、あるいはまた、不利益な処分を受けたときは人事院に対し審査請求をする道も開かれていること等の制度が講じられ、地方公務員については、人事院制度に類似する性格をもち、かつ、これと同様の、またはこれに近い職務権限を有する人事委員会または公平委員会の制度が設けられているから、これらは、地方公務員の労働基本権の制約の代償措置としての一般的な要件を満たしているものと認められる。しかし、右代償措置は、その制度上、一般的な要件を満たしているのみならず、実際上も労働基本権制約の代償として、十分ではないにしても、少なくとも相応の機能を果たしていることが必要と解されるから、前記の代償措置が迅速公平にその本来の機能を果たさず、実際上画餅に等しいとみられる状態が生じた場合には、公務員がこの制度の正常な運用を要求して相当と認められる範囲を逸脱しない手段態様で争議行為に出たとしても、それは憲法上保障された争議行為であるということができる。
人事院勧告制度は、代償措置のなかで最も重要なもののひとつであり、給与等の勤務条件改善のためのほとんど唯一の手段である。そして、人事院勧告が誠実に実施されないことは、代償措置が本来の機能を果たさず、その実効性を失うような事態の生ずることを意味し、違憲状態を招きかねないものであるから、憲法九九条により憲法尊重擁護義務を負う国会及び政府としてはこれを十分尊重し、真摯に実施することに努めなければならないものであり、国会及び政府側において人事院勧告の完全実施に向けて誠実に法律上及び事実上可能な限りのことを尽くすことが要請されるのである。
公務員の争議行為の禁止をきびしく求める以上は、代償措置の履行もきびしく要請されるものと考えざるをえず、国会及び政府側において真摯誠実に法律上及び事実上可能な限りのことを尽くしたうえで、人事院勧告をそのまま実施しないことが真にやむを得ないと認められる場合は別として、人事院勧告が国民を納得させるべき何ら合理的な理由もなく、将来への明確な展望を欠いたまま全部もしくは一部実施されないなど、人事院勧告制度が明らかに不十分な機能しか果たしていない場合には、人事院勧告制度は、実際上画餅に等しいとみられる状態が生じたものとみられ、右のような事態に立ち至ったときには、国家公務員がこの機能の回復を要求して相当と認められる範囲を逸脱しない手段態様で争議行為に出ることは、例外的に、憲法上許容されるものと解すべきものと思われる。地方公務員についても同断である。
ところで、原告らはいずれも地方公務員であって、人事院勧告制度は原告ら地方公務員に関するものではなく、地方公務員の勤務条件については、人事委員会が給与その他の勤務条件等について絶えず研究し、その結果を地方議会・地方公共団体の長または任命権者に提出し(地公法八条一項二号)、あるいは、公平委員会が給与その他の勤務条件に関し、必要な措置を執る(同法八条二項一号)こととされている。しかし、後述のように、自治省の強力な行政指導により地方公務員の給与制度も国家公務員に準じて決定されているのが実情であり、特に、原告ら公立学校の教育公務員は、給与の種類およびその額が教育公務員特例法二五条の五によって、当分の間、国立学校の教育公務員の給与の種類およびその額を基準として定めるものとされ、給料表は国立学校の教育公務員の俸給表を基準として作成され、また、公立学校職員の給与の二分の一は国庫負担とされているが、その基準および上限は国の法令によって定められているため、法的にも人事院勧告及びその実施状況が原告らの給与等の勤務条件の規制に直接結びつく結果となっている。したがって、その限りで、人事院勧告制度は、原告ら地方公務員自身の労働基本権の制約に対する代償措置と同視しうるものであり、人事院勧告とその実施状況は、原告らの代償措置の実施状況と同視しうるものである。
そこで、人事院勧告制度とその実施状況、本件ストライキに至る経過、その態様、政府の人事院勧告不実施の理由等を概観し、本件ストライキが憲法上許容されるものであるか否かを判断する。
1 人事院制度の成立と人事院勧告の実施状況
前記争いのない事実及び<書証番号略>、証人槙枝元文、同大出俊の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実(争いのない事実を含む。)が認められる。
(一) 人事院制度の成立
旧労働組合法(昭和二〇年一二月二二日法律第五一号)は、警察、消防、監獄職員以外の官公吏について労働組合の結成を保障し、労働協約締結権、争議権までも認めていた。旧労働関係調整法(昭和二一年九月二七日法律第二五号)は、前記三種類の公務員及び非現業の官公吏について争議行為を禁止したが、現業官公吏、教職員には団体交渉権、争議権を保障していた。
しかし、昭和二三年六月二五日の「物価値上げ反対人民大会」を機に、日教組、国労が相次いでストライキを決行し、これが全国に拡大する様相を呈したので、同年七月二二日、公務員は争議行為等に訴えてはならないとする「マッカーサー書簡」が当時の芦田首相宛に送られ、政府は、これを受けて、同月三一日、「一九四八年七月二二日付内閣総理大臣あて連合国最高司令官書簡に伴う臨時措置に関する政令」(政令二〇一号)を公布、施行し、これによって国家公務員の争議行為が全面的に禁止された。
国家公務員法(以下「国公法」という。)は、昭和二二年一〇月二一日公布され、制定当初は労働基本権の制限は規定されていなかった。ところが、右政令二〇一号を受けて、昭和二三年一二月三日、争議行為の一律禁止、団体交渉権、団結権の一部制限、人事院の設置等の大改正が行われた。
地方公務員については、昭和二五年一二月一三日、国公法とほぼ同内容をもった地方公務員法が公布され、人事院に対応する制度として人事委員会(一定の地方公共団体については公平委員会も)が設置された。
(二) 人事院制度下の公務員の給与決定システム
(1) 国公法の右改正によって、人事院制度が人事委員会に代わって設置され、右法の提案理由には「厳正公平な人事行政を行うとともに、公務員の福祉と利益の保護機関としての機能を果たすため、必要かつ十分な権限が与えられ、しかも独立性が確保される。」とされていた。
同法では、国家公務員の労働条件につき、国家公務員の給与その他の勤務条件に関する基礎事項は国会により、社会一般の情勢に対応するように随時変更することができ、変更に関しては、人事院が勧告を怠ってはならない(二八条一項)、人事院は毎年少なくとも一回、俸給表が適当であるかどうかにつき、国会及び内閣に報告すること、給与を決定する諸条件の変化により、俸給表に定める給与を五パーセント以上増減する必要が生じたと認められるときは、右報告にあわせて、国会と内閣に適当な勧告をしなければならない(二八条二項)と定められた。これを受けて一般職の職員の給与等に関する法律(給与法)が制定され、これによれば、人事院は俸給表の適用範囲を決定する権限が与えられたほか、給与額の適否等に関する内閣と国会に対する勧告権が認められ(給与法二条)、国家公務員法六四条、一、二項は「給与準則には俸給表が規定されなければならない。俸給表は、生計費、民間における賃金その他人事院の決定する適当な事情を考慮して定められる」と規定された。
(2) 地方公務員の場合、人事委員会は、毎年少なくとも一回、給料表が適当であるかどうかについて、地方公共団体の議会及び長に同時に報告するものとされ、給与を決定する諸条件の変化により、給料表に定める給料額を増減することが適当であると認められるときは、あわせて適当な勧告をすることができる(地公法二六条)と定められ、また、一定の自治体には公平委員会が設置され、職員の措置要求を審査し、判定し、必要な措置をとる権限、職員に対する不利益処分についての不服申立てに対する裁決または決定をする権限が付与されている。
さらに、地方公務員の給与は国の職員との権衡も考慮されるべきこととされた(同法二四条三項)。
そして、国の公務員に対する給与が人事院勧告に基づいて出されると、自治省等の強い行政指導によって地方自治体において地方公務員に対しても国に準じた政策が取られるのが通例であって、地方公務員の給与等の勤務条件の決定について人事院勧告は、決定的な影響を与えている。
さらに、公立学校の教育公務員の給与の種類およびその額は、教育公務員特例法二五条の五によって、当分の間、国立学校の教育公務員の給与の種類およびその額を基準として定めると規定され、給料表は国立学校の教育公務員の俸給表を基準として作成され、また、公立学校職員の給与の二分の一は国庫負担とされているが、その基準および上限は国の法令によって定められているため、国立学校の教職員の給与に関する人事院勧告及びその実施・不実施の状況が直ちに地方の教育公務員の給与等に影響を与えるものであり、大分県においても同様の状況である。
(三) 人事院勧告の実施状況
(1) 昭和二三年の人事院勧告は政府において勧告どおり実施されたが、昭和二四年は実施されず、昭和二五年から昭和二八年までは政府は人事院勧告に対し、これを完全に実施せず、ベースアップの金額の圧縮、実施時期の繰延べを行った。
(2) 人事院は、昭和二九年から昭和三四年までは俸給表の額を改定するというベースアップの勧告はせず、昭和三一年に生活補給金の趣旨で同年限りの平均6.2パーセント増額の勧告がおこなわれ、勧告どおり実施されたほか、昭和三三年に初任給是正、昭和三四年に中級職員の給与改善が行われたにすぎなかった。
(3) 昭和三五年から昭和四四年までは、政府は、人事院勧告に対し、実施時期を遅らせたものの、給与改定の内容は勧告どおり実施した。
この間、昭和三九年一二月の衆議院内閣委員会において人事院勧告を完全実施しうるような予算措置を講ずることに最善を尽くすべきであるとの決議がなされ、その後四四年まで衆議院もしくは参議院の内閣委員会や予算委員会で人事院勧告を完全実施すべきであるとする決議がなされた。
(4) 昭和四五年、人事院勧告は政府によって勧告どおり完全に実施され、同年一二月九日の衆議院内閣委員会において当時の山中総務長官は、人事院勧告は完全実施していく、財政事情その他によって今後特殊な措置は取らないというルールを国民の前に明らかにしたいと考えていると答弁した。以降昭和五五年までは、人事院勧告は政府によって完全に実施され(昭和五四年、五五年は指定職の給与改定時期を半年遅らせて実施した。)、公務員労働関係における「慣熟した慣行」とまでいわれるようになり、公務員の労働条件の改善は人事院勧告の完全実施によって果たされてきた。
(5) 昭和五六年の人事院勧告に対して、政府は管理職員の俸給改定の実施を昭和五七年四月に一年間遅らせたほか、管理職以外の一般職の職員についても期末・勤勉手当の算定は旧ベースで行い、人事院勧告は完全な形では実施されなかった。
(6) 昭和五七年は、人事院勧告は後記のように全面的に実施を見送られ、昭和五八年の人事院勧告は、後記のように政府によって勧告内容を一方的に修正のうえ実施された。
大分県においても昭和四五年から昭和五五年までは人事委員会勧告が完全に実施されていたが、昭和五六年、国と足並みを揃えて、期末手当、勤勉手当が改定前の給料を基準とする算定による支給となり、昭和五七年の人事委員会勧告は完全に凍結された。
2 昭和五六年以降の人事院勧告と政府の対応
<書証番号略>、証人槙枝元文、同小谷喜富の各証言及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。
(一) 昭和五六年度
同年八月七日、人事院は、国家公務員の給与について平均5.23パーセント同年四月一日にさかのぼって引き上げるような公務員給与の改定勧告を行った。ところが、政府は、財政状態が逼迫していることを理由に、一般職の国家公務員の俸給表の改定は勧告どおり行うが、指定職については実施時期を一年繰り下げて昭和五七年四月一日とし、また、昭和五六年度中に支給される期末手当および勤勉手当は改定前の俸給等を基礎として算定する、管理職員の俸給の額は昭和五七年三月三一日まで従前の例による額とすることを閣議決定し、これに基づく給与法の一部改正案を国会に提出し、可決された。その際、当時の内閣総理大臣鈴木善幸は、昭和五六年一一月二六日開催の第九五回国会衆議院の行財政改革に関する特別委員会、内閣委員会、地方行政委員会、大蔵委員会連合審査会において、「右措置は財政非常の事態における異例の措置であり、毎年毎年今年のようなことが繰り返されるようであれば、人事院制度の根幹に触れるような結果になるから、政府としては今後は人事院制度の持つ権威なり、勧告の重みを十分心得て誠意をもって取り組む。」と発言した。
(二) 昭和五七年度
(1) 同年八月六日、人事院は、内閣および国会に対し、国家公務員の給与について平均4.58パーセント同年四月一日にさかのぼって引き上げるよう公務員給与の改定勧告を行った。ところが、当時の内閣総理大臣鈴木善幸は、同年九月一六日いわゆる「財政非常事態宣言」を発表し、同月二四日、政府は、昭和五七年度の人事院勧告を完全に凍結し、地方公務員についても国家公務員に準じた措置を講ずるべきであり、この旨を地方公共団体に要請する旨の閣議決定を行った。そして、鈴木内閣総理大臣は、右決定について、今回の決定が極めて異例のものであり、このような措置の繰り返されることのないよう最善の努力をし、また、この決定が人事院勧告の持つ意義、その役割や制度の否定を意味するものではない旨の談話を発表した。
(2) 政府の右決定に対し、当時の人事院総裁藤井貞夫は、「これは、国家財政の非常事態に当たっての措置とはいえ、公務員の労働基本権制約の代償機能としての人事院勧告を無視するものであり、極めて遺憾であるといわざるをえません。今回の措置によって勧告の完全実施という永年にわたる慣熟した慣行が破られることとなり、定着した良好な労使関係と公務員の志気に重大な影響を与え、公務の運営に暗影を投ずることになるのではないかと、私としては深い危惧と憂慮の念を禁じえないところであります。」との談話を発表した。
(3) 前記閣議決定を受けて、自治省は、同日各都道府県知事および政令指令都市の市長あてに、事務次官名で「地方公務員の給与改定に関する取扱について」と題する通知(昭和五七年九月二四日、自治給第四八号)を発し、「地方公務員の給与改定に関する取扱については、閣議決定にあるように国家公務員に準じた措置を講ずるべきであること」等の事項に留意の上、国の措置に準じて対処するように通知した。
(4) しかし、他方、一般職の国家公務員である四現業の職員については公共企業体等労働委員会の仲裁裁定どおり給与の改定が実施された。
(5) 大分県人事委員会は、昭和五七年一〇月一八日県職員の給料表は人事院勧告の趣旨を考慮して改定することとの給与改定の勧告を出し、大分県教育長においても県教組等に対し右人事委員会勧告を尊重し、実施に最大限の努力をすると約束したが、結局、大分県は、前記自治事務次官通知に従い勧告に基づく改定をしかなった。このため、当初予算に職員給与の改定分として計上されていた一一億円の財源が使用されないことになった。
(6) 政府による右人事院勧告凍結閣議決定に対し、同盟、総評等が日本政府を相手方として昭和五七年一〇月にILOに申し立てた事件(第一一六五号事件)に関して、ILO結社の自由委員会は、昭和五八年三月一日、ILO理事会に対し、次のような内容の勧告をし、同理事会は同月四日、これを承認した。
① 委員会は、本件のように、不可欠な業務または公務において団体交渉権またはストライキ権のような基本的権利が禁止されまたは制限の対象となる場合には、その利益を守るための必須の手段をこのようにして奪われている労働者の利益を十分に保護するため、迅速かつ公平な調停および仲裁の手続きのような適切な保障が確保されるべきであり、その手続きにおいては、当事者があらゆる段階に参画することができ、かつ、裁定が一旦下されたときには完全かつ迅速に実施されるべきであるとの原則を想起する。
② 委員会は、日本政府が人事院勧告を尊重するとの基本方針を堅持し、かつ、将来においては人事院勧告を尊重するよう最善をつくす意向であるとの政府の保証に留意する。
③ 委員会は、一九八二年において人事院勧告が実施されなかったことを残念に思い、今後の人事院勧告が完全かつ迅速に実施され、団体交渉に関する労働組合権およびストライキ権に対し課せられた制限の代償措置を関係公務員に確保するようにとの強い希望を表明する。
(三) 昭和五八年度
(1) 昭和五八年八月五日、人事院は、国会および内閣に対し、国家公務員の給与について平均6.47パーセント同年四月一日にさかのぼって引き上げるよう公務員給与の改定勧告を行い、勧告の前提となる俸給表の適否について報告し、報告の結びで特に前年の人事院勧告不実施に言及し、公務員の労働基本権の代償措置としての人事院勧告制度の重要な意義を強調し、人事院勧告の完全実施を求めた。
(2) 政府は、一〇月二一日、閣議で昭和五八年度の国家公務員の給与改定について、同年四月一日から平均二パーセント改定を行う旨決定した。右閣議決定を受けて、自治省は、同日各都道府県知事および政令指定都市の市長あてに、事務次官名で「地方公務員の給与改定に関する取扱について」と題する通知(昭和五七年九月二四日、自治給第四八号)を発し、「地方公務員の給与改定に関する取扱については、閣議決定にあるように国家公務員に準じて行うものとする等の事項に留意の上、適切に対処するよう」に通知した。
政府は、一一月一一日、一般職の公務員の給与を四月にさかのぼり平均2.03パーセント改定する等の内容の給与法の改正案を閣議決定して国会に提出し、同法案は同月二八日成立した。
そして、政府は昭和五八年の国家公務員の給与改定について、人事院の作成した俸給表とは別の俸給表を自ら作成した。
(3) 大分県人事委員会は、昭和五八年一〇月一七日、県職員の給料表は人事院勧告の趣旨を考慮して改定することとの給与改定の勧告を出したが、大分県は、昭和五八年度の給与改定について、国に合わせて同年四月一日から平均二パーセントの改定を行う条例を大分県議会に提出し、右条例は可決成立した。
(4) 昭和五八年の政府による人事院勧告の一部実施に対して、総評、同盟等が日本政府を相手方とした申立(第一二六三号事件)について、ILOの結社の自由委員会は、昭和五九年一一月、政府が一九八三年に行った人事院勧告を最大限に尊重するとの保証にもかかわらず、一九八三年において再び人事院勧告が完全に実施されなかったことに遺憾の意を表した。
(四) 昭和五九年以降
(1) 人事院は、昭和五九年度の国家公務員の給与について平均6.44パーセントの改定を勧告したが、政府は、昭和五八年同様これを完全実施せず、平均3.37パーセントの給与の改定を内容とする給与法の改正案を国会に提出し、これが成立した。
(2) 人事院は、昭和六〇年度の国家公務員の給与について平均5.74パーセントの改定を勧告し、政府は、実施時期を七月一日に延期した他、勧告どおりに実施し、昭和六一年度以降、人事院勧告は完全実施されるようになり、大分県においては、昭和五九年度は国家公務員におけるのと同様に、人事委員会が平均6.44パーセントの改定を勧告したが、大分県は、昭和五八年同様これを完全実施せず、平均3.37パーセントの給与改定を実施したにとどまり、六〇年度は5.74パーセントの勧告に対して5.02パーセントの給与改定を実施し、人事委員会の勧告は完全には実施されなかったが、昭和六一年度以降は、大分県においても人事委員会の勧告は完全に実施されるようになった。
3 本件ストライキに至る経過
<書証番号略>、証人中小路清雄、同小谷喜富、同江藤匡一、同吉山和人、同中島和貴の各証言、原告吉良権、同土谷桂山の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 国家公務員の動き
(1) 公務員共闘は、昭和五八年四月八日総務長官および人事院総裁に対し、同月一一日労働大臣に対し、それぞれ提出した春闘要求書の中で昭和五七年の人事院勧告分の給与の回復措置と一〇パーセント二万三〇〇〇円の賃金引き上げの要求をした他、人事院勧告制度尊重の基本姿勢の明確化、昭和五七年人事院勧告凍結に対する遺憾の意の表明、昭和五八年度人事院勧告完全実施の確約等を要求し、四月二六日に統一ストライキを計画して政府と交渉を重ねた。
これに対し、総務長官は、同月二五日「労働基本権の代償措置である人事院勧告制度を尊重するということが基本的建前である。本年度の給与勧告の実施については、逼迫した財政事情の下にあるが、昭和五七年度の給与改定が見送られているという実態も考慮し、誠意をもって最大限努力する。」と回答し、人事院総裁は、「昭和五七年勧告の実施見送りは極めて遺憾であり、人事院勧告が完全実施されるように最大限努力する」と回答し、労働大臣は、「労働基本権の代償措置である人事院勧告を尊重するのは基本的建前である。昭和五八年度の人事院勧告実施については、勧告が出された段階で検討すべきものと考えるが、労働省としては上記の建前にたち最大限の努力をする。」と回答した。公務員共闘は、これを受けて同月二六日実施予定のストライキを中止した。
(2) 公務員共闘は、同年五月二六日、拡大闘争委員会を開催し、春闘の中間総括を行った上で、同年度の人事院の勧告時期及び人事院勧告の実施決定時期の闘争方針を討議し、同年度の人事院勧告の完全実施を実現させるため、閣議決定の重要段階では早朝二時間の統一ストライキを配置することを決定した。同年六月上旬ころ、公務員共闘は、春闘相場を勘案しながら七パーセントを賃上げ要求の歯止めとして設定し、大衆行動を折り込みながら、同年七月下旬に至るまで、人事院と交渉を継続した。
(3) 日教組は、同年七月五日に開催された第一〇九回臨時中央委員会で、政府が人事院勧告の取扱についての閣議決定を行う段階で公務員共闘との統一闘争として早朝二時間のストライキを行うこと及びその指令権を中央執行委員会に委譲する旨決定した。
県教組は、同月二、三日に開催された第九一回定期大会において、同年度の人事院勧告の取扱についての閣議決定の重要段階で公務員共闘が行う早朝二時間のストライキに参加する事を決定し、同月一一日から同月一六日にかけて批准投票を行い、84.47パーセントの賛成で右決定が批准された。
また、高教組も同月九、一〇日に開催された第七一回定期大会において、同年度の人事院勧告の取扱についての閣議決定の重要段階で公務員共闘が行う早朝二時間のストライキに参加する事を決定し、同月一五日(定時制は一四日)批准投票を行い、64.4パーセントの賛成で右決定が批准された。
(4) 同年八月五日、人事院は、国会および内閣に対し、国家公務員の給与について平均6.47パーセント同年四月一日にさかのぼって引き上げるよう公務員給与の改定勧告を行った。同日、公務員共闘は、政府に対し、人事院勧告の早期完全実施の要求書を提出し、総務長官と交渉して回答を求め、その回答期限を同月二三日に設定した。
右人事院勧告を受けて、政府は同月五日、第一回の給与関係閣僚会議を開催したが、二年続きの人事院勧告の凍結はしないことを確認しただけで結論は持ち越した。
(5) 公務員共闘は、同月九日の常任幹事・戦術委員長合同会議で、臨時国会(同年九月八日開催)直前の同年九月五日を政府回答日に指定して、翌九月六日に早朝二時間の統一ストライキを配置することを決定した。
総務長官は、前記回答指定日の八月二三日、公務員共闘との交渉に応じ、給与関係閣僚会議を開いて協議したが、人事院勧告の取扱については結論がでていない、事柄の性質上、できるだけ早く結論を得るよう努力したいと回答した。
公務員共闘は、同年九月六日に統一ストライキを計画していることから、同月上旬までに必ず閣議決定するよう強く申し入れた。
(6) 八月二六日、第二回給与関係閣僚会議が開催されたが、人事院勧告の取扱については再度結論が持ち越された。
(7) 公務員共闘は、同年九月五日に、官房長官および総務長官と交渉したが、総務長官らの回答は、いずれも二年連続の凍結はしないことは確認されているが、取扱について結論が出ていない、決定に至るまで協議は誠意をもって継続してゆきたいというにとどまり、翌六日の統一行動は是非とも自重されたいと要請してきた。右回答は、公務員共闘にとって不満なものであったが、政府が交渉を継続すると確約した以上、これを受け入れることとし、九月六日のストライキを中止し、あらためて、第二次政府回答日を同年一〇月六日に指定し、同月七日に統一ストライキを配置することを決定した。
(8) 公務員共闘は、その後一〇月六日に至るまで、総理府人事局長、自治省、文部省、労働省、行政管理庁等との交渉を重ね、同月六日には官房長官、総務長官と個別に交渉を行ったが、引き続き検討中で政府としては一〇月七日に給与関係閣僚会議を開いて検討すると述べたにとどまり、結論を出す時期や検討経過の説明はなかった。
(9) 同年一〇月七日、公務員共闘は統一ストライキを実施した。日教組はこれに参加し、大分県でも県教組、高教組ともに早朝二時間(高等学校定時制は一時間)の本件ストライキを実施した。
(10) 公務員共闘は、一〇月一七日総務長官、同月一八日労働大臣および人事院総裁と個別に交渉。一〇月二〇日には官房長官と交渉したが、いずれも人事院勧告は完全実施できないとの意向を示された。同日給与関係閣僚会議が開催され、同会議は、最終的に人事院勧告の取扱を官房長官と自民党政務調査会長に一任する旨決定した。その後、官房長官と自民党政務調査会長の協議の結果、給与改定率を平均二パーセントとすることで合意し、これが閣議決定となった。
(二) 県教組、高教組の本件ストライキに至る経過
(1) 県教組は、昭和五八年四月二八日に開催された第一八四回中央委員会において、前年の人事委員会勧告が全面的に凍結され、給与改定が見送られたことを受けて、一九八三年の賃金闘争は春闘期・人勧期・確定期を重視してストライキを含む統一闘争を強化して要求の実現を図ることが提案され、了承された。
県教組は、同年七月二、三日開催の第九一回定期大会において、昭和五八年度の人事院勧告の完全実施を求めて公務員共闘が人事院勧告の取扱に関する閣議決定の重要段階に配置する早朝二時間の統一ストライキに参加することを決定し、同月一一日から一六日にかけてスト権確立の批准投票を行い、84.47パーセントの賛成で批准された。
(2) 日教組は、同年七月五日開催の第一〇九回臨時中央委員会において「政府が人事院勧告の取扱について閣議決定を行う段階に最重点をおき、公務員共闘の統一闘争として早朝二時間のストライキを組織し、人事院勧告の完全実施を要求する」との闘争方針を決定した。
(3) 高教組も、同年六月八日開催の第三六〇回中央委員会で人事院勧告の完全実施を求めて人事院勧告の取扱についての閣議決定を行う段階に重点を置き、早朝二時間のストライキを組織する旨が提案され、了承された。
高教組は、同年七月九、一〇日の両日開催された第七一回定期大会で、前記日教組の方針を支持し、人事院勧告の完全実施を求めて公務員共闘が配置する早朝二時間の統一ストライキに参加することを決定し、同月一五日(定時制では同月一四日)の批准投票の結果、64.4パーセントの賛成で右決定が批准された。
(4) 県教組・高教組ともに同年九月六日に公務員共闘が配置する統一ストライキに参加することを決定していたが、公務員共闘が右ストライキを一旦中止したため、両教組もこれを取り止め、公務員共闘の方針どおり、これを一〇月七日に延期した。
(5) 日教組は、同年一〇月六日、早朝二時間のストライキの突入を指令し、これを受けた県教組及び高教組はストライキ突入を決定して各支部に指令を発し、各組合員は右指令に従って一〇月七日本件ストライキが決行された。
(6) 本件ストライキは、県教組及び高教組の各組合員が早朝勤務時間開始後の二時間集団的に職場を離脱し職務を放棄する形態で行われ、暴力等の違法行為を伴わず、原告らは、前日から、右教師不在の間を自習時間とし、予め生徒児童に課題のプリント等を与えていたため、本件ストライキにより学校内に大きな混乱は生ぜず、右自習課題については、原告らが帰校後点検等を行った。
4 以上の事実関係に基づいて、本件ストライキが憲法上許された争議行為に該当するか否かを検討する。
(一) 人事院勧告制度は、公務員が一般の労働者と異なり労働基本権を制約され、自らの勤務条件の決定に直接参加できる立場にないことから、その制約の代償として設けられている重要な制度であって、これが公務員にとってはほとんど唯一の給与改善のための手段となっているものである。
公務員には勤務条件の法定、一定の身分保障等の措置も用意され、これらも右代償措置の一環をなすものではあるが、給与は労働条件のなかでも最も重要なものの一つであり制度上、その他の生存権擁護のための措置がいかに完備されていても、給与の改善がなければ、公務員の生存権が大きく脅かされることになるのはいうまでもない。
したがって、この給与改善のためのほとんど唯一の手段となっている人事院勧告の尊重・実施は代償措置のなかでも根幹をなすものといって差し支えない。
(二) 前示のとおり、人事院制度は、政令一〇二号を受けた昭和二三年の国家公務員法の改正により、公務員の争議権等の労働基本権が制約された際に、これまでの人事委員会に代わって設けられた制度であって、公務員の福祉と利益の保護機関としての機能を果たすことが制度の目的の一つとされていた。そして、人事院は、公務員の給与について社会一般の情勢に対応するように国会及び内閣に勧告することを怠ってはならないとされ、昭和二三年に第一回の勧告を出して以来、昭和二九年から三四年までは俸給表の額を改定するという形でベースアップの勧告をしなかった時期はあるが、公務員の給与等の勤務条件の改善について勧告を続け、昭和三五年から今日に至るまで、毎年一回、国会及び内閣に対し、生計費、民間における賃金等を調査し、情勢適応の原則に基づいて公務員の給与を民間の給与に追いつかせるため、公務員の給与等の勤務条件の改善勧告をしてきた。
そして、戦後の混乱期である昭和二四年に人事院勧告が完全に凍結され、給与の改定がなされなかったことはあるが、昭和三四年から昭和四四年までは、政府は実施時期を勧告よりも遅らせてはいたものの、給与の改定額は勧告どおりそのまま実施されてきた。
この間、昭和三九年一二月の衆議院内閣委員会において人事院勧告を完全実施しうるような予算措置を講ずることに最善を尽くすべきであるとの決議がなされ、その後昭和四四年まで衆議院もしくは参議院の内閣委員会や予算委員会で人事院勧告を完全実施すべきであるとする決議が再三なされた。昭和四五年、人事院勧告は政府によって勧告どおり完全に実施されたが、同年一二月九日の衆議院内閣委員会において当時の山中総務長官は、人事院勧告は完全実施していく、財政事情その他によって今後特殊な措置は取らないというルールを国民の前に明らかにしたいと考えていると答弁した。これは、政府自らが、人事院勧告制度が憲法二八条による公務員の労働基本権の制約の代償措置であることに鑑みて、その完全実施を図ることが要請されていることを確認したものと考えられる。
その後、昭和五五年までは、人事院勧告は政府によって完全に実施され(指定職及び特別職、管理職員は除く。)、人事院総裁の言葉を借りれば、人事院勧告の完全実施は公務員労働関係における「慣熟した慣行」として定着し、労働基本権制約の代償措置として人事院勧告は完全実施されるべきであるという認識が一般化するに至った。
昭和五六年に至り、政府は財政の悪化を理由として人事院勧告の一部を実施しなかった(指定職については、昭和五四年、五五年も一部実施時期を遅らされ、人事院勧告は完全実施されなかった。)。右の点について当時の鈴木首相は、同年一一月二六日、国会において右措置は財政非常の事態における異例の措置であり、今後は勧告の重みを十分心得て誠意をもって取り組むと発言し、人事院勧告の不完全な実施は異例のことであり、今後は人事院勧告を尊重することを明らかにした。
ところが、昭和五七年の人事院勧告は財政の非常事態であることを理由に政府によって全く実施されなかった。
他方、同じ一般職の国家公務員である印刷、林野等の四現業の職員に対しては、昭和五七年度も公共企業体等労働委員会の仲裁裁定どおり給与の改定が実施され、国家公務員の間で取扱に差が生じるに至った。
右のような事態に対して、政府の右人事院勧告凍結に対して総評等から申し立てられたILOの第一一六五号事件において、政府はILOの結社の自由委員会の専門家委員会に対して今後人事院勧告を尊重するよう最大限の努力を尽くす意向であることを保障した。
しかし、昭和五八年においても人事院勧告は政府によって完全に実施されず、政府はこれまで人事院が専権として作成していた給与表とは別個の給与表を作成し、給与の改定を行うに至ったのである。
右事実からすれば、人事院勧告は、昭和五四年に指定職について完全に実施されなかったのを契機として、昭和五六年には一般職についても一部実施されなくなり、昭和五七年には完全に凍結されるに至ったのであり、昭和五八年においても政府はこれを完全に実施せず、人事院の専権であった給与表を独自に作成し、給与の改定を行っているのであるから、人事院勧告制度が公務員の給与等の改善を図る措置としては迅速公平に機能しなかったものといわざるをえない(同じ一般職の国家公務員である四現業の職員に対しては、公共企業体等労働委員会の仲裁裁定どおり給与の改定が実施されていることの対比からも人事院勧告制度が機能しかなったことは明らかである。)。政府は、昭和五六年の場合も国家財政非常のときの異例の措置であると言明し、このようなことが繰り返されれば、人事院制度の根幹にふれる結果となるから、人事院勧告の重みを十分心得て誠意をもって取り組むと発言しながら、昭和五七年は人事院勧告を完全に凍結し、他方右措置について、ILOの結社の自由委員会に対して今後人事院勧告を尊重するよう最大限の努力を尽くす意向であることを保障しながら、昭和五八年の人事院勧告がなされた後も、本件ストライキに至るまで、政府は二年連続の凍結はしないというのみで、完全実施を明確にせず、また、財政上の理由を掲げるのみで、人事院勧告の完全実施を阻害する具体的要因、完全実施が可能となる時期や要件を明確にすることもなく、すなわち国民を納得させるべき十分な理由を示すことなく完全実施を行わなかったのである。しかも、政府のいう実施しない理由としての財政の悪化、累積する赤字国債の解消は一朝一夕に解決が期待できないことは明らかである。政府は、昭和五七、五八年度の人事院勧告の完全実施に向けて誠実に法律上、事実上可能なかぎりを尽くしたとは認められないから、右のような理由により、人事院勧告が、その完全実施が可能となる時期や要件を明確にすることなく、完全実施が行われないことは、公務員の労働基本権制約の最も重要な代償措置の一つである人事院勧告制度が危機に瀕した状態に立ち至ったものであり、政府当局がその政治的責任を問われる重大な事態であったというばかりでなく、人事院勧告制度の将来への展望を欠き、労働基本権制約の代償措置としての本来の機能を果たさず、実際上画餅に等しいとみられる状態にあったものと認めるのが相当である。
(三) そこで、原告らの行った本件ストライキが憲法上保証された争議行為として、手段・態様・内容等において相当な範囲を超えるものであったか否かについて判断する。
(1) 原告らが昭和五八年の人事院勧告の完全実施を目的として本件ストライキを実施したことは、実質的にみれば、自らの給与改定に関わる大分県人事委員会勧告の実施を目的としたものと同視しうることは前示のとおりであり、原告らにとって、労働基本権の代償措置の正常な機能の回復を目的としたものと評価することができる。
(2) 原告らの本件ストライキの手段態様は勤務時間開始後約二時間(高等学校定時制の職員である原告は一時間)の単純な職務放棄による同盟罷業であり、別表(二)記載の原告らは、同表「番号」欄二四番ないし二七番記載の原告らを除けば、右同盟罷業に参加しただけの者である。
別表(一)「番号」欄一番ないし三番、七番ないし一一番記載の原告らについては、県教組の役員・本部執行委員として、共謀して、本件ストライキを計画し、定期大会におけるストライキ実行に関する議案の成立、批准について県教組各支部に対し、また支部を通じて各組合員に指示、働きかけを行い、本件ストライキ突入を決定し、各支部にスト指令を発し、各組合員に対し、本件ストライキへの参加を慫憑するなどして、本件ストライキの実施に指導的な役割を果たしたもので、同表「番号」欄四番ないし六番及び別表(二)「番号」欄二四番ないし二七番記載の原告らは、高教組の執行委員として共謀して、本件ストライキを計画し、定期大会におけるストライキ実行に関する議案の成立、批准について各組合員に指示、働きかけを行い、本件ストライキ突入を決定し、各支部にスト指令を発し、各組合員に対し、本件ストライキへの参加を慫憑するなどして、本件ストライキの実施に指導的な役割を果たしたもので、別表(一)「番号」欄一二番ないし二三番記載の原告らは、県教組各支部の書記長として、支部定期大会における本件ストライキ実行に関する議案の成立、批准成立に向けて各組合員に指示・働きかけを行い、各組合員に対し、本件ストライキへの参加を慫憑するなどして、本件ストライキの実施に指導的な役割を果たしたものである。
本件ストライキには暴力行為等の違法行為は伴わず、別表(一)記載の原告らの本件ストライキ実行に向けての指導的な行為や働きかけも、方法的に非難されるべき点は見当たらない。そして、各学校において本件ストライキの間に混乱が生じないようにあらかじめ生徒児童に対する配慮や準備をし、各学校毎に個々的には大きな混乱は生ぜず、個々の生徒・児童に対しても深刻な影響は生じたとは認められない。たしかに、本件ストライキは、大分県下の小・中・高等学校の全職員の78.4パーセントにあたる九二六九名の職員が参加して実行されたものであり、その規模は大きく、全体として学校現場、学校教育に与えた影響は無視しえないものがあったと思われるが、本件ストライキの目的が人事院勧告の完全実施という大分県教職員全員に共通するものであり、労働基本権制約の代償措置の正常な機能の回復、運用を求めるものであるところから、大規模な争議行為となったものと思われ、大規模なストライキであることの故に直ちに相当な範囲を逸脱したということはできない。
地方公務員の行う職務は、総務、税務、民生、衛生、労働、農林、水産、商工、土木、消防、警察、教育・学校など多様であり、その職務の内容によって、争議行為等による一時的な職務の停廃の地方住民の生活等に及ぼす影響の度合、程度、質についてもおのずと違いがあり、警察、消防、衛生の一部のように直ちに地方住民の生命、身体、健康、安全等に重大な障害を及ぼすものがある反面、現業の一部のようにその停廃が一時的なものに止まる限り、比較的影響の深刻でないものもある。そして、地方公務員の行う職務内容によって、地方公務員の争議行為等による一時的な職務の停廃の地方住民の利益、生活等に及ぼす影響の程度に差がある以上、地方公務員の担当する職務内容によって地方公務員の争議行為禁止の要請の度合も異なると考えられる。
原告らは、公立学校の教育公務員であるが、公教育の持つ特殊性を除けば、教育の内容そのもの、生徒と教師の関係等は私立学校におけるそれと本質的には異なるところがなく、争議行為による生徒・児童への影響も私立学校の場合と同様と考えられる。教育には、児童・生徒の成長段階に応じて適切な教育が実施されねばならず、その意味で争議行為による教育の停廃が生徒・児童に対して後日回復することのできない影響や損害を与えることのあることは承認せざるを得ないが、他方では、児童・生徒は成長段階に応じて一定の変化に対して柔軟かつ弾力的に対応してゆく能力も備えており、一時的な教育の停廃によって、直ちに児童・生徒教育上重大な支障が生じるわけではない(前示のように、旧労働関係調整法においては原告ら教育公務員について他の現業公務員と同様に争議権が保証され、その争議行為は禁止されておらず、西欧諸国においても教育公務員について争議行為を禁止する例は少ない。)。
以上のような事情を考慮すると、単に、職務放棄により同盟罷業に参加しただけの別表(二)の原告らのうち同表「番号」欄二四番ないし二七番記載の原告らを除く原告らだけでなく、本件ストライキを計画し、他の組合員に参加を働き掛けて本件ストライキを実行に主働的な役割を果たした別表(一)記載の原告ら、別表(二)「番号」欄二四番ないし二七番記載の原告らについても、本件ストライキが相当と認められる範囲を超えるものではないと認めるのが相当である。
したがって、原告らが昭和五八年度の人事院勧告の完全実施を求めて行った本件ストライキは、憲法で許容された争議行為と認められるから、これを禁止するために出された職務命令は無効であり、職務専念義務に違反するとしてもこれを咎めることはできず、また、本件ストライキの参加者である原告らについて地公法三七条に違反したとしてこれに対して懲戒処分を科すことは憲法二八条に違反するものであって、無効といわなければならない。
なお、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、教育公務員特例法二五条の二、三、五等、国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法、学校教育の水準の維持向上のための義務教育諸学校の教育職員の人材確保に関する特別措置法等によって昭和四九年以降、教育公務員については他の一般職員に比して各種の優遇措置が講じられていること、大分県においても同様の措置が採られていることが認められるが、右措置が講じられたことにより、原告ら地方教育公務員の給与等の勤務条件は他の職員に比して改善されてはいるものの、これにより、原告ら地方教育公務員の給与水準がその生存権の保障に基礎をおく労働基本権の制約に対する代償措置としての人事委員会勧告が本来の機能を果たしていない状況のもとでも、地方教育公務員がその制度の正常な運用を目的として相当な手段態様で行う争議行為を禁止することが正当視される程度にまで、改善されたものとは本件全証拠によるも認めることができない。
以上のとおりであるから、本件ストライキは憲法上許容される争議行為としてこれを禁止することは許されない。
四再々抗弁について
被告は、昭和五七、五八年の人事院勧告・人事委員会勧告の完全実施がなされなかったのは、異例に困難な財政事情等によるやむを得ない措置であるから、これの完全実施を要求して行われた本件ストライキは、憲法上許容されたものではなく、地公法三七条をこれに適用することは憲法に違反しないと主張する。
1 <書証番号略>及び証人鷲見友好の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) わが国の財政は、昭和五六年末当時、約八二兆円を越える国債の累積を抱え、国債費は、同年度予算で約六兆七〇〇〇億円に達し、国債発行予定額の約一二兆円の六割近くに及んでいたこと、政府は、このような累積した赤字国債からの脱却を図るため、歳出削減を中心とする財政再建の方針の下に、昭和五七年度は、予算の概算要求基準をゼロパーセントとするいわゆるゼロシーリングのもとに予算の編成を行い、予算の伸び率を前年度比1.8パーセント増に抑えるとともに、累積した赤字国債からの脱却を図ることを目的に国債発行額を前年度よりも約二兆円減額した。ところが、税収が政府の当初見込みを大きく下回り、税収が五兆円から六兆円程度の減収が予想れさるようになり、当時の鈴木首相はこれを背景に財政非常事態宣言を行い、国債や公務員の給与改定等について、異例の措置をとらざるを得ないと国民に理解を求める発言をし、結局、昭和五七年度は、約六兆円の税収欠陥が生じ、国債発行額は当初よりも約四兆円増加し、約一四兆円となった。
(二) 政府は、昭和五八年度の予算の概算要求基準をマイナス五パーセントとして、さらに予算編成に当たり支出の圧縮削減に努めたが、昭和五八年度の予算は、昭和五七年度の歳入欠陥に伴って生じた借入の返済分二兆円を控除しても2.4パーセントの伸び率となった。国債は当初約一三兆三四五〇億円余とされていたが、その後補正予算で約四四五〇億円追加発行することとした。他方、政府は補正予算で約一五〇〇億円の所得税減税を行ったが、昭和五八年度の一般会計歳入歳出決算によれば同年度は約一兆〇一七六億円の剰余金が計上された。なお、昭和五八年の人事院勧告を完全に実施するには約四五〇〇〇億円の財源が必要とされた。税収は、昭和五七年度が三〇兆五〇〇〇億円、昭和五八年度は三二兆三〇〇〇億円、昭和五九年度はこれを越える税収があり、税収は昭和五七年からは順調に増加した。
昭和五八年度末の国債発行残高は一〇九兆円であったが、その後も国債の発行残高は増加し、平成元年度末で一六一兆八〇〇〇億円となっており、この間一般会計に占める国債費の割合も増加し、昭和六二年度には二〇パーセントを上回ったことが認められる。
右事実によれば、昭和五七年、五八年におけるわが国の財政状況は、従来からの赤字国債の発行の結果、昭和五六年末に約八二兆円、昭和五七年末に約九六兆円と多額の国債の発行残高を抱え、累積赤字からの脱却、財政改革が必要な状況になっていたと認められ、このため、政府は予算の概算要求基準をゼロとするいわゆる「ゼロシーリング」を導入し、支出の圧縮・削減に努力し、これを理由として人事院勧告の実施が凍結されたものであって、昭和五七年度の財政状況が特別な要因によって単年度として特に悪化したというものではない(同年度に結果的に約六兆円の税収欠陥が生じているが、これは、税収の見積りが過大であったためと見る余地がある。)。
昭和五八年度は、予算の概算要求基準は、マイナス五パーセントとますます支出の圧縮・削減を図る方向で予算は作成されたが、同年度も約一四兆円の国債が発行された。その後も国債の発行残高は増大し、平成元年末で約一六一兆円となり、昭和五七年末よりも七〇パーセント以上増加しているにもかかわらず、昭和六一年度からは人事院勧告は完全実施されているのであるから、予算支出が高度に政治的な問題であり、国会・内閣の裁量にまつものではあっても、昭和五七年、五八年において財政的な理由から人事院勧告の完全実施が不可能ないし困難であったとまでは認めることができない。
2 <書証番号略>、証人福田正直の証言によれば、次の事実が認められる。
(一) 大分県の財政状況
(1) 昭和五七年度の大分県の財政状況は、当初予算における歳入額及び歳出額はともに約三六〇一億円であったが二度の補正を行った結果、同年度の決算状況は、歳入三七六三億三七二八万円、歳出三七四七億六九六二万七〇〇〇円で、形式収支は一五億六七六五万四〇〇〇円の黒字で、約一五億円を内部留保することができ、次年度に繰り越すべき財源を控除した実質収支も六億四四三四万六〇〇〇円の黒字で、前年度に引き続いて黒字となった。(実質収支から前年度の実質収支を差し引いた単年度収支では、二億一三八四万九〇〇〇円の赤字となった。)。なお、昭和五七年度の人事委員会勧告を実施するためには約五一億円の財源が必要であった。
(2) 昭和五八年度の大分県の財政状況は、当初予算における歳入額及び歳出額はともに約三二三八億円であったが、二度の補正の結果、同年度の決算状況は、歳入三七二四億九六四二九万八〇〇〇円、歳出三七〇八億四二一二万六〇〇〇円で、形式収支は一六億二二一七万二〇〇〇円の黒字で、次年度に繰り越すべき財源を控除した実質収支は、五億三七五〇万九〇〇〇円で前年度に引き続き黒字となった(実質収支から前年度の実質収支を差し引いた単年度収支では、一億〇六八三万七〇〇〇円の赤字となった。)なお、昭和五七年度の人事委員会勧告を実施するためには約六三億円の財源が必要であった。
(3) 大分県の財政の状況は、実質単年度収支が、昭和五六年度は約八億二〇〇〇万円の赤字であったが、昭和五七年度は約九九〇〇万円の黒字となり、昭和五八年度は約六億九〇〇〇万円の赤字、昭和五九年度は約三億五〇〇〇万円の黒字、昭和六〇年度は約一九億二〇〇〇万円の赤字となっていた。
(4) 大分県の財政状況を公債費比率、経常収支比率でみると、公債費比率は昭和五〇年から昭和五七年までほぼ一貫して上昇し、昭和五八年から昭和六一年までは横ばいの状況であり、経常収支比率は、昭和五〇年から五七年度まではほぼ減少してきたが、昭和五八年、五九年と上昇し、昭和六〇年、六一年はほぼ横ばいの状況である。
(5) 大分県の減債基金は昭和五四年から昭和六〇年までほぼ一貫して増加し、財調基金は、昭和五六年約一三億円、昭和五七年約一二億一〇〇〇万円、昭和五八年約七億八〇〇〇万円、昭和五九年約八億六〇〇〇万円、昭和六〇年約八億三〇〇〇万円、昭和六一年約六億七〇〇〇万円となった。
これらの事実を総合すると、大分県の財政状況は、昭和五七年度、五八年度においてその前後の年度と比して特段の財政悪化を示す事情は見当たらず、同年度が特に財政事情が悪化あるいは困難になった事実は認めることができない。
2 前示のとおり、人事院勧告制度は、代償措置のなかで最も重要なもののひとつであり、給与等の勤務条件改善のためのほとんど唯一の手段である。そして、人事院勧告が誠実に実施されないということは、代償措置が本来の機能を果たさず、その実効性を失うような事態の生ずることを意味し、違憲状態を招きかねないものであるから、憲法九九条により憲法尊重擁護義務を負う国会及び政府としてはこれを十分尊重し、真摯に実施することに努めなければならないものであり、公務員の争議行為の禁止をきびしく求める以上は、代償措置の履行もきびしく要請されるものと考えざるをえず、国会及び政府側において人事院勧告の完全実施に向けて誠実に法律上及び事実上可能な限りのことを尽くすことが要請されているのである。昭和五八年度以降も政府による国債の発行は継続し、平成元年末には国債発行残高は昭和五七年末に比して七〇パーセント以上増加しているにもかかわらず、昭和六一年からは人事院勧告は完全実施されているが、これは、政府が公務員の労働基本権制約の代償措置としての人事院勧告制度の意義を認識し、その履行に努力している結果と評価しうるものである。もとより、予算の配分、支出についての支出の優先順位の査定は高度に政治的な問題であって、内閣・国会の裁量に大きく委ねられるべきものである。しかし、人事院勧告制度の尊重は、いわば国公法の争議行為禁止条項が違憲のそしりを受けないための重要な柱であることを想起すれば、政府としては、人事院勧告の取り扱いについて国民全体の意思を代表する国会に付託し、その意見を求める必要があるというべきであろう。
前示の昭和五七年、五八年のわが国の財政事情、政府が人事院勧告を完全実施しなかった経過、その後の人事院勧告の完全実施の状況等を総合的に判断すれば、国会及び政府において、人事院勧告を完全実施するために法律上、事実上、可能なことをつくした上で人事院勧告の完全実施を見送ったものとは到底認めることはできず、右事情は、大分県においても同様である(財政事情のみに着目すれば大分県は国家財政よりも健全であった。)と認められる。
五結論
以上、認定説示のとおりであるから、原告らの本件各懲戒処分の取消を求める請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官林醇 裁判官山口毅彦 裁判官榎戸道也は、転勤のため署名捺印することができない。裁判長裁判官林醇)
別紙<省略>